ゆめにゃんこ ちゃーちゃ

真愛とちゃあ

卒哭忌を迎えます。      
泣いて 泣いて 泣いて    
大好きな厚洋さんに会いたくて、悶えているまあです。

 おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのお家へようこそ。


せっかく夢を持って開いてくださった方には、ごめんなさい。
まだ、厚洋さんが忘れられず、グズグズと思い出や縁(えにし)について書いてしまいました。
大好きな厚洋さんが亡くなって100日が経ちます。
49日が終わった後は、一周忌というのが一般的になっているそうですが、未だに泣いている真愛は、「慟哭を卒業する」という意味を持つ百間日(卒哭忌)をすることにしました。
このページもなかなか更新せず、生活もズルズル・グダグダだったので心を入れ替えようと思いました。
せっかく夢を持って開いてくださった方には、本当にごめんなさい。
しかし、旦那様のことが大好きで、亡くなってなお、愛して恋い焦がれている女の話も一興でしょう?

縁・enishi
運命・生まれたときから真愛は厚洋に愛され続けて死んで逝く。

このHPを作り始めたのが5年前。(厚洋さんが日記を付け始めた頃)立ち上げるべくして立ち上げたものなのです。
もし、あの時、これを遣らせてくれなかったら、彼を伝えることも私の心の叫びも書けなくて、もっともっと気が狂って居たと思うからです。
厚洋さんのお蔭のHPなのです。

真愛が母と父のもとに生まれてきたのは、厚洋に会うためだったのです。
厚洋が生まれてきたのも真愛を愛し守るために生まれてくれたのだそうです。(厚洋は真愛の救命星だそうです。)
教育実習にいった学校に厚洋さんがいました。それも同学年の隣のクラスの先生だったのです。厚洋さんは真愛のことを「いい教員になる。頑張れ応援するよ。」と長い批評文と手紙をくれました。
厚洋さん25歳。真愛19歳の時のことです。
教員になって、厚洋さんのお友達の克己先生とご一緒することになったのも縁だったのですね。体育祭の時に厚洋さんにお稲荷さんを食べて貰ったことを覚えています。
家の無い真愛が教員住宅へ入居したときに厚洋さんの部屋に引っ越しのご挨拶に行ったのも運命だったのです。
その四ヶ月後、真愛も厚洋も失恋しその痛みを癒やし合ったことが恋のスタート。
(この恋の話も書いておきたいな。)

真愛を支えてくださった方々

「まあを支えてくださった方々の話は、次回にご縁というお話をします。」と書きましたがとっても沢山の方々がいらっしゃり書ききれないほどのお心を頂きました。
文章力のない真愛には、全てを書き尽くすことができないので、この一ヶ月の間にも更に増えたお世話になった方々を書き添えて終了します。

ご近所の前田さんのご家族・鈴木さんご夫妻・菊池さんご夫妻・木村さん・木村さんご夫妻
山野の先生・りーるどうの美樹ちゃん(厚洋さんの教え子)
ラバンのママ
ロンシャンのマスター
花まつりのお二人
喜多さんのお二人
むらこしさん(厚洋さんの教え子)
つたやさんのお二人
うめえじゃんのお二人
柳家ののママ
鳥ひろのママ
本郷のママ
かふぇちゃやのママ
こいとコーヒーのマスター
グッチ木更津店の方
加地時計店ご夫妻
教え子さんのひとみちゃん・みよし君・よしや君・とおる君
鈴木建材さん(厚洋さんの教え子)
かずよし君・しんや君(まあの教え子)
野口先生・大野先生ご夫妻・幸江先生
同僚だった杉谷先生(今は三好→純散歩に出た和菓子屋さんの奥さん)
本吉元教育長先生ご夫妻
伊沢先生ご夫妻
松本衣子先生
青木重夫先生
石井潤子先生・岩本しず子先生
石川真奈美先生・永嶌みね子先生
三浦真理先生
スズトヨ画廊のご主人・潮田展子先生
不動寺さん・成願寺さん
ゆがわらのご主人
プールのお友達・平野さん・高橋さん・神子さん・田中さん・松本さん・長谷川さん・入江さん・柏山さん・向井先生
アクアプールのスタッフの皆さん
鈴木病院の先生はじめ皆さん
義妹・義弟
息子拓・お嫁さんのかおちゃん
さだまさしさん
皆さんに支えられて、次の孫の誕生のために頑張れるようになりました。
ありがとうございます。

いのちの理由

厚洋さんが亡くなって暫くは、厚洋さんが私の中にいたような気がしました。
車の運転をしていると、頭の中で声がするのです。「おい。急ぐな。ゆっくり行け!」と。
朝の薬を飲むときに「ちゃんと食べてるか?」「ちゃんと寝てるか?」「疲れたろう?」と、入院しているときにずっと言ってくれていた声が聞こえたのです。
しかし、気持ちが少し落ち着いた49日以降は、真愛に話しかけてくれる方の言葉の中に厚洋さんがいる気がし始めたのです。
誰かの声を借りて真愛に語り伝えたいのだと思えたのです。
真愛は、全ての外界からの音声は厚洋さんの言葉と思って聞きました。
さださんの関白宣言もその一つでした。
生さだに投稿したけれど読まれませんでした。脳天気な真愛ですが、その時に歌ってくれたのが「いのちの理由」。なんだか真愛のために歌ってくれている気がしました。
私が生まれてきた訳は
父と母に出会うため
私が生まれてきた訳は
きょうだいたちに出会うため
私が生まれてきた訳は
友達みんなに出会うため
私が生まれてきた訳は
愛しいあなたに出会うため
春来れば花自ずから咲くように
秋来れば葉は自ずから散るように
幸せになるために誰もが生まれてきたんだよ
悲しみの花の後からは喜びの実が実るように
私が生まれてきた訳は
何処かの誰かを傷つけて
私が生まれてきた訳は
何処かの誰かに傷ついて
私が生まれてきた訳は
何処かの誰かに救われて
私が生まれてきた訳は
何処かの誰かを救うため
夜が来て闇自ずから染みるよう
朝が来て光り自ずから照らすよう
幸せになるために
誰もが生きているんだよ
悲しみの海の向こうから
喜びが満ちてくるように
私が生まれてきた訳は
愛しいあなたに出会うため
私が生まれてきた訳は
愛しいあなたを守るため
最高の厚洋さんからの言葉です。
そして、その詩を臨月の嫁に歌ってあげました。
なんとその翌日(厚洋さんの誕生日)に産気づき、翌厚洋さんの亡くなった時間近くに孫が生まれました。
予定日よりずっと早かったのですが安産だったようです。
「厚洋父さんに見守られている気がしました。」と嫁が言ってくれたのも嬉しいことでした。


それから一週間、上の孫の世話をすることとなりました。
聞き分けのよい子で苦労はしませんでした。
しかし、抱っこして欲しいときは寝ていても、起きていても、必ず両手を差し伸べて「抱っこ」とせがみました。
その様子を見て思い出したことがありました。
厚洋が両手を差し伸べてきていたのは、真愛に「抱いて!」と求めていたのだと。
死の床にいた彼だったので、黄泉の国から迎えに来たものに手を差し出していると勘違いして、手を握ってあげただけだった真愛は、後悔しました。
「抱いて欲しい。」と「愛している。」と言っていたのだから、強く強く抱いてあげれば良かった。
真愛は、厚洋のお骨箱を抱いて泣きました。
愛しい厚洋さんと愛しい孫が重なり、私が今、生きている理由をかみしめました。