
おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのお家へようこそ。
厚ちゃんが亡くなって8ヶ月が経ちました。
真愛はなんて往生際が悪いのでしょう。
納骨も無事終了し、毎日お墓参りに行っているのに
厚洋さんがちゃーちゃんを撫でている写真を見て泣いちゃいました。
さださんの「抱きしめて」を車の中で聞いて、慟哭しちゃいました。
厚洋さんが「俺の大事な嫁さん」って何度も言った話を今日もしてきました。
エステの先生は、真愛を誰にも渡したくないっていう「俺の」だね。
と言ってくれました。そういえば、一日だけ帰って来た夜に
無言電話に泣いている真愛に
「大丈夫。愛してるのはお前だけ。」「これからもずっとお前一人。」
と言っているのに、真愛の日記にも言ってもらったと書いてあるのに、
愛されているのにね。愛する人を亡くすと人は思考が停止するのですね。
この写真は厚洋さんからお嫁さんの証「結婚指輪」を着けてもらっているの。
未だに「彼が大好き」な真愛でいられる幸せ
「厚洋さんのお嫁さんにしてくれてありがとう」
って、毎日思ってる真愛です。
福野小の先生がお参りに来て下さって、「厚洋さんと薔薇の花」の話が分かりました
真愛の喜ぶことは何でもしてくれました。
お誕生日にたくさんの薔薇をもらっている方の話を帰ってきた厚洋さんに聞き
「いいな。いいな。」と何度も羨ましがったのです。
真愛が喜べは゛、と考えてくれたのですね。
その頃から、プレゼントの他に「真っ赤なバラをいっぱい」貰いました。
亡くなる1年前の誕生日には、「真愛に面白いものを…。」と書いてあるのですもの。
本当に愛されていたのに、ちゃんとありがとうが伝えきれていないなぁ。
そういえば、真愛はよくもので釣られていましたね。
真愛に話したいときは、アイスやスイーツを買ってきては、
ありがとう。美味しいと言った後、必ず「話題」をふってました。
本当に恥ずかしがりやな厚洋さんでしたね。愛されていた真愛でしたね。
夢の話を期待して開いた方にはごめんなさい。
このページは愚かな真愛の「おのろけ」のページになってます。



今月から、このページの更新は、出来事があったときに更新することにしました。
この同窓会があり、「ようし!みんな頑張ってるのだから…。」home page更新するぞっ
と思った矢先。
厚洋さんが心配していた姪っ子。真愛の可愛い姪が亡くなったのです。
翌日に北海道に飛び、お通夜・告別式を済ませてきました。
もっと早く会いに行っていれば良かった。
強引にでも北海道に行っていれば良かった。
同窓会の出来事も更新したかった。
やってはならない後悔をしたのです。
何かを後回しにして、伝えられなくて悲しい思いをしたのです。
だから
これからは、一月に1回の更新ではなく、ちょくちょく書き直そうと思ったのです。
同窓会の夜に亡くなった連絡が入ったのも、私への厚洋さんの気づかせですね。


集合写真を見て頂ければ分かりますが、みんな元気です。
「えっ?島?痩せたんじゃない?」
会って直ぐは、誰もが「えー!」の連続ですが
5分もすれば、昔のまま。
女子校だったので羞恥心もなくなり
大騒ぎ。
幹事さんが乾杯の音頭を取りたくても黙らないみんな。
先生も苦労していらっしゃったのだなと思いました。
二次会にも出席。
なんと5時間も喋ってました。
真愛が厚洋さんを亡くして…。と話すと、全員が心配してくれました。
真愛よりも早くに旦那様をなくされた方には、
色々な助言を頂きました。
頼もしい同級生です。「未亡人会でも作るか?」なんて笑わせてくれて、嬉しかったです。
このhome pageにも訪れて下さった規ちゃん。心強い友達です。
なんと、調子に乗った真愛は「次の幹事」になっちゃいました。
ともちゃんとえっちゃんが手伝ってくれます。
2022.5.15 この場所で開催予定です。
できればこのページで情報を知って欲しいなって思っています。
真愛の着ている服は37年前、「紫苑」で買った服です。
藤代さん元気かな?会いたいな。真愛はまだこの服着てるよ。

わすれな草は、10年近く、種取り・種まきを繰り返して咲かせている花です。
ギリシャ神話の「私を忘れないで」と言って流されていった想いが切なくて、
尾崎豊の「not forget me」が好きで、真愛の大好きな花です。
厚洋さんはカタクリの花が好きで、よく群生地に見に行っていました。
真愛の描いたカタクリの花も好いてくれていました。
厚洋さんが植えた花です。
厚洋さんの愛した花々が咲く庭です。



厚洋さんが亡くなってから、真愛が思ったことは
真愛が教育実習に行った時、厚洋さんの隣のクラスの先生(指導教官の杉浦先生)に
お会いしてお礼が言いたかったことです。
真愛が退職してすぐ「教師をやり続けられました。」とお礼が言いたかったのです。
しかし、厚洋さんの具合も少しずつ悪くなり、行く機会を失ったままでしたから。
杉浦先生のご様子を知り得たのは、今年に入ってから。
それも、もう亡くなっていらっしゃいました。
真愛は、再度「後悔しない。やりたいことをやって、失敗したら反省する。」を痛感。
厚洋さんと結婚する頃お世話になった「真愛の初任の時の先生方」にお礼が伝えたい。
不思議なご縁と真愛のネットワークで、実現しました。
この時のことも「言葉にならない嬉しさ。」
秋になったら、また、学年会をやろうってことになった。
幸せな真愛である。

この子たちは、厚洋さんの教え子さんで
三島小勤務の時の子供さんたちって言っても
みんな立派な大人。
我が家の前の前田さんのご縁で、厚洋さんが亡くなったことを知り、
お墓参りに来てくださったのです。
以前厚洋さんが
「俺の嫁さんは、教え子が来ると手料理を作ってくれる。」
と言っていたということを聞きました。
厚洋さんが喜んでくれていたことをしたい真愛は、
「厚洋さんが好きだったものを作るから、家で同窓会をやって!」と頼みました。
厚洋さんが好きな鮭のサワーライス・華味のラーメンスープ・いも餅
ポテトサラダ・ザンギ・つくねのあまだれ・黄桃のフルーチェ・胡瓜の塩麹漬け
グァテマラのコーヒー
無理矢理に食べさせた感じですが、優しい子供たちは喜んでくれました。
厚洋さんの遺影の前に「ピース・お酒・お菓子」
彼の好きなものを置いて行ってくれました。
厚洋さんは、幸せ!
あんなにいい子たちの人生にかかわることができて。
真愛も幸せ。厚洋さんが生きてきた証の素晴らしさを感じられたから。
厚洋さんの部屋で、彼の書き続けた学級通信や詩集を読みながら、笑いながら
思い出話をしている彼らが愛おしくて、涙が出てきました。
生きているときに、会わせたかった。
今日も遺影の厚洋さんは微笑んでいました。

「夜桜や 白きうなじの かすかなり」
去年の3月27日。彼と飲みに出かけた帰り
夜桜を見て帰って来た時の厚洋さんの句です。
その時、一人になると知らない真愛は、桜並木で車を止め
厚洋さんを車の中に置いたまま
雪のように降り散る桜の花びらを追いかけたのです。
花びらを地面に落ちる前にとらえたら、願いが叶うから
厚洋さんは、その時の事を俳句に詠んでいたのです。
そのメモが出てきたのです。
真愛をずっと見続けている厚洋さんを思って泣けました。
今年は、厚洋さんがいません。
3月27日。厚洋さんの代わりに厚洋さんの教え子さんに頼んで
あの日と同じ服を着て、同じ場所で写真を撮って貰いました。
あの日、厚洋さんが見ていた景色です。
今年は、桜の咲くのが去年より遅いので花吹雪ではなかったです。
厚洋さんにまた会いたくなりました。