ゆめにゃんこ ちゃーちゃ

三人北海道

厚洋さんを愛し続けて 44年!
 厚ちゃんの声は聞けないけど…。
夢と現の間を彷徨っている真愛です。

おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのお家へようこそ。
毎度毎度、訪れて下さる度に夢じゃないお話でごめんなさい。


厚ちゃんが亡くなって11ヶ月が経とうとしています。
7月に新盆とお施餓鬼供養をしました。
ちゃんとやれたので安心したのか、今年の梅雨が長かったから?
真愛は二十日間近く具合が悪くて病院通い。
身体の具合が悪いと心の具合も悪くなってしまい
「もう。厚ちゃんが迎えに来てくれたら楽なのに…。」
って、思ってしまいました。
亡くなった直後みたいに、声をあげて泣く日もありました。
心身の健康と言いますが、本当です。
どっちが崩れても人は安定できません。
夢を持っている人・夢に向かっている人は、まず、身体を丈夫にすることです。
幸せの土台は、夢と丈夫な身体です。
丈夫な身体が無くても強い夢があったら、人は生きていけます。心が大切です。
この写真は愛しい人との愛の証を真ん中に、北海道の大滝の前で撮った写真です。
真愛の日記に「幸せで何も書けなかった」と書いてあった頃の写真です。
真愛が幸せ太りで80s代の頃です。厚洋さん細いし若いです。


こんなに愛されて幸せ
お誕生日にもらった薔薇の花束とちゃーちゃん
7年ぐらい前かな?



結局、一か月遅れの報告のhome pageになっています。
未だに「厚洋さん愛してる」っていう私に
「こんなに愛されて、厚洋さんは幸せね。」って言ってもらうことが「最高の幸せ」と喜んでいる真愛です。
厚ちゃんが「100本には足らないけど…。」って言って誕生日にくれたものです。
7年ぐらい前の写真です。
薔薇の花束のプレゼントはもっと前からだったのですが、home pageは立ち上げていなかったので
写真も撮らず、そのままお玄関に飾りました。
8月の暑いさなかなので直ぐ枯れて
ドライフラワーにして大事に保存していたことを思い出します。
去年は、何もできない厚洋さんは
真愛の頭をなで撫で、ぎゅっと抱きしめてくれたのがプレゼントでした。
嬉しかったです。悲しかったです。
今年はそれも無く、厚ちゃんもいなくて寂しいです。
可愛いちゃーちゃんも8歳になりました。
もうすぐ、真愛の年を追い越してしまいます。
「ゆめにゃんこ ちゃーちゃ」です。
長生きして欲しいです。

永嶌みね子先生の和歌
真愛に生きる力を下さった方
   素晴らしい和歌に日本画を描く



8月の誕生日は真愛。
不思議にもみねこ先生も旦那様も8月。
永嶌先生は、真愛が教員時代に(音楽の専門でも無いのに好きで頑張ってた頃)いつも励まして下さった方です。
音楽会が終わると「あんた、頑張ってるね。いいよ。頑張るんだよ。」って
先生の笑顔と厚洋さんの応援もあって、音楽を作ることが楽しかったのです。
もちろん、真愛の好き勝手な指導についてきてくれていた子ども達が支えてくれたからですがね。
厚洋さんが亡くなってお世話になった先生にお礼に伺った頃からのお付き合いです。
泣きながら話す真愛の想いを聞いて下さり、
本を描きたい。絵を描きたい。
の想いも応援して下さり、先生の歌集も頂きました。
先生は、朝日歌壇に良く投稿され、何十首も選ばれ新聞に載っていました。
女教師として、妻として、母として人として素晴らしい歌ばかりでした。
真愛は先生の歌に絵を描きたいと思いました。
初めての日本画・初めての人物画でした。
先生より やや気の弱き 嫁欲しと
笑いてみちのくに
   働きに出でし


羨ましいほど素敵な女性教師です。
真愛はそんなこと言われたことがありませんもの。
真愛は字が上手では無いので、先輩の書家 渡辺護先生に描いて頂きました。
先生はとっても喜んで下さいました。
次は、旦那様が字がお上手なので、真愛の絵に旦那様の字で作品を作ろうと考えました。
かかえれば 煙匂いて ぬくもれり
野焼き終えたる 
    夫の作業衣
愛しい人を思う素敵な歌です。


7月9日
ボランティア活動の一つ「国際交流協会」のお手伝いで
台湾の中学生に浴衣を着せて、日本文化の体験を…。



台湾の女の子達に浴衣を着せることになり、北京語が分からないけど、
「浴衣の着方」簡単に説明できないか考えました。
短い時間内に沢山の子に着せるのですから、ちょっと動きを分かっていてもらいたいと思ったのです。
そこで、登場したのが
厚洋さんが20万円ぐらいかけて作った伊達政宗の甲冑と隣に座らせている真愛の市松人形です。
厚洋さんは、この日のために作っていてくれたようです。
このディスプレイは10年ぐらい前から5月になるとお玄関に飾っていたものです。



嬉しかったです。
厚洋さんの兜の前で、真愛のお人形と一緒に説明できることが
頑張って浴衣を着せました。
廣中さんにも、わらびの方々にもお手伝いしてもらったので結構早く着せられました。
着終わった人達は、このディスプレーの前で記念写真を撮ってくれました。
「厚ちゃん。国際交流に一役買ってるよ。」
とっても嬉しかったです。


厚洋さんが亡くなってから、生きる気力が無くなってしまった時もありました。
しかし、沢山のご縁で沢山の方々から「厚洋さんの声」を聴く事ができ生き直すことができました。
その生き方の一つに「せっかく厚洋さんに育ててもらった命」お人のためになることをしたい。
この日、思ったことは、「人が喜んでいる笑顔が真愛は好きだ。」と言うこと。
厚洋さんが笑ってくれた時・喜んでくれた時の嬉しさと同じなのです。
みんなで写真を撮っているときにも真愛も嬉しくて笑えました。
きみぴょんと一緒に
台湾の家族(長男・おばあちゃん・次男・ママ)と一緒に
みんなの笑顔は真愛の笑顔です。
ボランティアって笑顔が欲しいのですね。

7月6日
I校長先生を囲む会
   素敵な仲間でした。



厚ちゃんのことを思うと、楽しい会を開いちゃいけないかな?
と思っていたのですが、人間いつ死ぬか分からない。
毎日やり残しの無いように生きたい。
そう思って開催させてもらった会でした。
常任幹事でしたが、厚洋さんの具合が悪くなった7年前から開いていなかったのです。
やって良かったです。
懐かしそうに笑顔で話す仲間達を見て
20年前の仲間…。20年前、あの頃厚洋さんはどうだったのでしょう。
真愛はやりたいことをやりたい放題やらせてもらっている時でしたから。
彼も沢山の原稿を書き、沢山のやりたいことをやっている時でした。
個々が自由に伸びやかに生活をしていた時。
教員として「子どもの幸せを考える」同じ方向を別々な方法で進んでいるときでした。
家に帰ってきて、お互いの活動を飲みながら話し合うのが楽しくて、厚洋さんに褒めてもらうのが嬉しくて頑張っていた頃でした。
ひょっとしたら、真愛は夫婦としてだけでは無く同士として素晴らしい仲間と一緒にいられたのですね。
いつも感じること。
夫婦ってずっと一緒にいるためには、
同じ価値観であることが大切なことだと思います。
また、真愛ののろけ話で終わってしまいました。


厚洋さんの新盆とお施餓鬼の法要が終わりました。
2歳になった可愛い孫
  涙どころじゃない。



厚洋さんの新盆法要・お施餓鬼法要を終えることができました。
教え子のお坊様に色々とお聞きして準備をすることができました。
初めてのことなので結構大変だったので
緊張して望んだのですが、
なんと、法要中、孫のtumuちゃんがウロチョロ。
何でも興味を持つtumuちゃんです。
決して悪いことではありません。
お坊様の真似をして拝んだり、お水をかける真似をするのです。
パパは止めさせようとするのですが
ママは偉い。
「大丈夫。興味があるだけで悪さはしないわよ。」
その通りでした。
お経に合わせてダンスまでしてしまい
もう、真愛おばあちゃんは笑いっぱなしでした。
四十九日も不届きな妻でしたが
新盆も…。
きっと、厚洋さんも大笑いだったのでしょう。
「ご家族の笑顔が亡くなった方には一番嬉しいことなのですよ。」
真愛は幸せです。
合掌!