

おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのお家へようこそ。
漸く夢を語る事ができるようになりました。
厚洋さんが亡くなってから470日。少しずつ生き直している真愛が、「私の中の厚洋さん」と一緒に生きている中で感じた素敵な発見を書けるようになりました。
お正月のおせち料理もちゃんと作りました。
厚洋さんは伝統行事とか、風習・言い伝えとかが好きで、初デートが神野寺への初詣でしたものね。
毎年、髪を結い着物を着てお参りに行きましたね。
ですから、喪が明けたので「俺がいなくてもちゃんとやれよ。」
って言っているようで。
でも、「おっ。今年は繭玉も飾ったんだね。」って、褒めて貰えないのが悲しいです。
今年は、「厚洋さん大好き。」の真愛の思いと「真愛は厚洋さんに可愛がって貰ってたの。いいでしょ!」と言う惚気が日本中の、世界中の人に知ってもらえる年になりますように。

厚洋さんの卒論は「民族差別問題」
差別のない世界・自由と平等を大事にしていた人でした。
だから、ALTのダネット(米国出身の黒人)と真愛がお友達になったことをとても喜んで、一緒にお寿司屋さんに言ったり、お祭りに行ったりした。
ダネットも「日本のお父さん・お母さん」と慕ってくれた。
元気な頃はホームステイをさせたくても学校の仕事があってできなかった。
二人にゆとりができた頃には、厚洋さんの具合が悪くなっていた。
できなかった、国際親善。
そうそう、厚洋さんは大学の頃、アルバイトに通訳をやっていたという。(釧路には、世界中の船乗りが来るから…。)
今回、マレーシアの子どもたちのホームステイを引き受けたのは、厚洋さんの思いもあってのことだ。

真愛も厚洋さんの影響で、日本文化を大切にしようと思っていたので、
「茶道」も「華道」「書道」「剣道」「箏曲」「三味線」「着付け」「つまみ細工」「手鞠作り」
やれそうなことはみんな手を出した。
厚洋さんがいつもサポートしてくれた。
日本文かを体験させるには、なんの心配もなかった。
問題は語学だった。
マレー語は、全く分からなかった。
少しばかりのひらがな英語とポケトークで頑張った。
シャイなサフィアが少しずつ笑顔を見せるようになり、さよならの時には「ピアノの連弾とマレー国歌を歌ってくれた。」
ソフィアは、良くお手伝いをしてくれて、一生懸命英語で話をしてくれた。さよならの時には「」ハグしたまま泣き出す彼女に切なかった。
マレー料理を食べに行き。
神野寺で紅葉狩りをし、九十九谷で東山魁夷の「残照」の説明をした。
お寿司と天ぷらを一緒に作って食べたし、
お琴の練習・振り袖を着せて・茶道を体験。
集合会場で待ち時間が長かったので真愛が「君が代」を歌い。マレーシアの子どもたちが「マレーシアの国歌」を歌うというとんでもないこともやっちゃった。


と、言うわけで、ハラル料理のお店に通って、予習しました。
毎週行くようになり、オーナーのジェスリーさんと仲良くなってしまいました。
一緒に映っている若い彼は、今回のHome Stayの担当者で、秋本小の合唱部の女の子のお兄ちゃん。
彼の援助・石川さんの援助があって、良い経験となったので、
打ち上げのフルコース。
美味しかったのだけど、量が多くて…。頑張りました。


12月の忙しい中で開いてくれた。
修君が発起人。美穂ちゃんが世話役。
急なのに集まってくれる子どもたちに感謝だ。
今の教育界の大変さの話になった。真愛の時は本当に幸せな時代だった。
博之君は中学校の教頭先生。浩紀君は小学校の教頭先生。
大変な中で頑張っている姿を見て、何も力になれない真愛が切なかった。
厚洋さんの前に置かれたのは、1メートル近くあるジープ。
作りかけのまま逝ってしまった厚洋さんの代わりに、厚洋さんの教え子トットさんが全部仕上げてくれた。




この話は書ききれない。
しかし、最高の経験をさせて貰った。
そこで、文芸社の0円出版に応募した。
先生方に呼んでもらいたい。体験だったからだ。
焦って書いたが、できればその後「みね子先生に絵本を持って行った時のことも書きたかった。」=「絵本作りは人に生きる力を与えること」も
で、ここでは首藤先生に書いたメールを添付する。
先週一週間・1日2時間を頂き、湊小学校の支援学級で「絵本作り」の実践をしてきました。
厚洋さんがなくなってから、彼がやりたがっていたボランティア活動を始めました。
国際交流協会でベトナム・中国・フィリピン・パキスタンの子たちに日本語を教えています。
特別支援学校と普通高校の交流音楽会の手伝い。
台風15号の後災害支援ボランティア活動などさせてもらえました。
ご縁があって、その頃湊小の校長横田経一郎先生から「講師として…」とお声をかけていただきました。
しかし、現場も離れ、朝も起きられず不安でお断りしたのですが、「遊びにおいで」の一言を頂きました。
自分で本を出したからでしょうか「本作り」の楽しさ・自ら学ぶ愉しさを伝えたいという思いが強くなり、子どもたちに遊ばせてもらいました。
毎日、毎時間が言葉にできないほどの「私にとっての学びと発見」があり、多くの幸せ体験をさせてもらえました。
その度に思ったのが、厚洋さんと話したことと久義先生から教えて頂いたことの実践であったと言うことです。







閉校して8年が経ちました。
厚洋さん似も手伝って貰ってオータムフェアをしましたね。
男子6人はみんな和服。
女子ひとりは振り袖。
亀山ダムの広場でお茶屋さんを開店し、ちゃんとお琴でBGM
厚洋さんも真愛も作務衣で荷物運びや裏方をやってくれました。
残念ながら写真はないけど、本当に何でもやらせてくれて手伝ってくれた厚洋さんでした。
遠くから、石井純子先生も来て下さってましたね。
蔵玉小の仲間と久々に会えました。


先月から、追っかけのようになってしまった「カナリアンズ」
三回目の「菜の花の会」での少人数発表。
素晴らしい演奏でした。
「気合いを入れて練習する。」って仰っていたけど、
当日は、楽しんで演奏していました。
だから、とっても上手な…。素晴らしい演奏でした。
そんな先生から、花束のお礼が届きました。
なんと、菊のご紋のついたお菓子です。
演奏より、お菓子の素晴らしさに心奪われた真愛でした。


なんと、真愛と同じ「さだまさしファン」になってくれたとか?
可愛い孫はすくすく成長し、色々な事に興味を持ってくれています。
真愛が生き直すことができたのは、49日に関白宣言を聞いたことから、「俺の愛した女は、生涯お前、ただ一人。」
それから、ずっと「生さだ」に葉書投稿を繰り返し、二度も読んで貰っている。
今年のカウントダウンは拓のお嫁さんと一緒に行きます。
そうそう、孫が聞いているのは「セロ弾きのゴーシュ」です。
真愛のように旦那様大好きの歌です。
あっ。可愛いケーキはせっちゃんのパウンドケーキ。
厚洋さんも「ねっ。可愛いでしょ?」と無理矢理聞くと「うん。」
って必ず言ってくれたね。
馬鹿にされることもあったけど、決して否定はしなかったね。
今年も、厚洋さんのような「大きな愛」を持って生きたいと思います。