
おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのお家へようこそ。
真愛の夢や願いを叶えてくれるチャーちゃん。
ちゃんと、夢を叶えてくれました。

厚ちゃんと一緒に撮っていて髪の毛が長いのが判るのはこの写真。
昔の彼女に対抗したのと
厚洋さんが真っ直ぐな長い髪が好きだったからと
髪を撫でてもらうのが好きだった真愛だったので
ずっとロングかセミロング。
小学校6年の時に一回だけショートヘアにしたけれど
厚洋さんには見せたことの無い髪型にしました。

まず、
髪の毛をのばすことです。
パーマを掛けていても良いそうですが、
釜が傷んでいて切れてしまいそうな毛は使えないとのこと。
ヘアードネイションについて知ったのは「生さだ」の投稿葉書で。
やりたいと思ったのは、スポーツクラブの上田さんが(長い長い美しい髪)をばっさり切ってプレゼントしたとき。
私に出来ることをしようと思ったのは「さださんのアルバム・存在理由」の「一粒の麦」中村哲先生の歌を聴いたとき。
いやぁ。それからが長かったですね。
長い髪のお手入れは大変。
厚洋さんの教え子の美樹ちゃんに手伝ってもらって何とか。
寝ているときに、自分の髪を背中で抑えてしまって
何度も金縛りに遭いました。
籐いすに腰掛けて、スマホでnoteを書いていて
コーヒー飲もうと手を伸ばしたら籐いすに髪が挟まれて抜けるかと思ったこともありました。
こんなに延ばしたのも初めてのことでした。


髪を切る前日
丁寧にシャンプーをしました。
切ってしまう先端は、厚洋さんが病床で撫でてくれた頭頂部の髪の毛です。
私の傍にずっといて欲しかった厚洋さんが可愛がってくれた髪の毛です。
2度目の「さよなら」に涙が止まりませんでした。
しかし、カットして何もしなければ、それはゴミになるのです。
思い出の髪を誰かに貰って頂けるなんて
「凄く幸せなこと」です。
流石に厚洋さんの教え子です。
真愛の思いを全部受け止め
「断髪式」
「長くなりました。よく頑張りましたね。」
髪の毛の思い出話したら涙が止まりませんでした。
先ず乾いたままの髪を幾つかに束ねます。
確実に31p以上あり、束ねたところから1p上にゆとりがあるか確認。
「はい。大丈夫です。」
「切ります。良いですか?」
「ジョキッ」


なんと。髪の毛を切った後、短くなった髪を摘んで笑ってしまいました。
「わーあ。短くなった。」
ローマの休日のオードリー・ヘップバーンが見せた演技と同じです。
なんだかとっても「可愛い自分」がいました。
そんな真愛を見て、美樹ちゃんが言いました。
「長い髪の毛を切った人の多くは笑うんです。不思議ですね。」
「私の知っている方で、『癌になったからこれから闘病。抜けるなら切っちゃおう。』って短く切りました。
「私は泣きながら切りましたが、彼女は笑っていました。これからの未来を考えて切ったのですもの。強い人ですね。そして、切ることが生への挑戦なんですね。」
過去の思いを断ち切り、次へ生きるための思い。
真愛は、厚洋さんへの思いは断ち切らない。
しかし、うじうじ生きることよりも「今の私に出来ること」をして生きた方がいい。
「可愛い・可愛い」とお婆さんの真愛も笑いました。
切った髪は「一束にまとめてポリパック」へ。
ゆうパックに入れて投函しました。
帰りにお墓参りに行って、
「ねぇ。もう髪の毛を撫でて貰えないから切っちゃった。可愛くなったでしょ?」
と、無理矢理同意を求めてきました。
「はい。はい。真愛はいつも可愛いです。」と、仕方なく言ってた厚洋さんの声がしました。

「厚洋さんのやりたかった事をやろう」と生き直してから1年半。
「自由と平等を愛し、人の笑顔が大好き」な厚洋さん。
自分では動けなかったけれど、「俺に出来ること・ユニセフ募金・災害募金・チョコレート募金・講演会の視聴」って言っていた厚洋さん。
ちょっとだけ、彼の意思を告げたと思いました。
それが真愛の笑顔の下だったのでしょう。
色々な方に会うと、必ず言って下さるのです。
「髪、切ったの?可愛い。可愛くなったね!」
真愛ばあさんには、ドーパミンが…。オキシトシンが…。フェニルエチルアミンが…。
「でまくりー!」
毎日のように言われていると人は傲慢になるのです。
noteblogに「綺麗になりたいなら髪を切れ!」なんて公開してしまいました。
自分の知らない自分を見つけてしまいました。
髪を送った所から、受取書がとと来ました。
最初で最後のヘアードネイションです。
目標を達成できて良かったです。
こういうことを支援している人達の素晴らしい発想と行動力に感謝です。


去年、「愛しい人の愛した庭」を園芸部門に応募し、銀賞を頂きました。
その庭や土手の手入れをし続けたのですが、
今年は、「ほたるぶくろ」が咲きませんでした。
台風も来たし、カーブミラーを立てるために土手は散々になりました。
少しだけ咲いた「ほたるぶくろ」をお仏壇に飾りました。
そのまま枯らしてしまうのは辛かったので、真愛の好きな詩画にしました。
その絵を応募したら「銅賞」を頂きました。
感謝です。
更に嬉しいことは、厚洋さんに撮って貰えないので自撮りをしたのですが、
チャーちゃんを抱っこして上手く撮れたのです。
その写真を送ったら…笑い。
チャーちゃんも一緒に○の中に入ってました。
嬉しい嬉しいツゥーショットです。
詩の内容はやっぱり厚洋さん大好きでした。


「俺は関白宣言の最後が好き。最後が良い。」と言う厚洋さんの病床での言葉。
彼が亡くなり、口下手だった彼の最期の告白は「関白宣言の最期の歌詞」でした。
「俺の愛した女は、愛した女は生涯。お前ただ一人」
生きていたときに、こんなこと言われたら、笑って「何いってんのよ。」って
誤魔化しちゃったかもしれない大事な最高の言葉。
それから、さだまさしさんのファンになりました。
彼の歌っている言葉が厚洋さんが言っているみたいで、真愛の事を見てくれているようで、エンドレスで聞いてしまうのです。
コンサートにも行くようになりましたが、このコロナ騒ぎで遠出ができません。
新しいアルバム「存在理由」を聴き沢山のことを学びました。
そのお礼も込めて「我が家に咲いた柊の花」をイラストにして送りました。
あらら。なんとそのイラスト掲載して下さったのです。
厚洋さんが「おい。柊の花が咲いたぞ。柊の花って、あまり知られてないよな。可愛い花なのに。良い香りがするね。」とこの時期になると言ってくれたのを思い出します。
今は、花も散り可愛い紫色の実をつけています。
来年の節分の日には門口に刺します。
厚洋さんを思って生きていると良いことが沢山ありそうです。

今日は、愛しい人の誕生日。
でも、彼は2年前に一人で逝ってしまった。
「竹鶴の17年物」も「山崎の12年物」もプレゼント出来ない。
「丸缶のピース」も「刻たばこ」も渡せない。
「和装・門」のスーツも着てもらえない。
真愛の作った「イクラの醤油漬」も
厚洋さんの喜ぶ顔が見られない。
「ありがとう。」って、抱いてくれる厚洋さんがいない。
亡くなったその年は、二人目の孫が生まれるので、息子の家に行き、上の子の子守りをしていた。
優しい嫁なので、真愛と厚洋さんの話をたくさん聞いてくれた。
息子は、「お父んの代わりに」って、飲めないお酒を飲んでくれた。
そして、彼の誕生日に嫁は産気付き、翌朝、二人目の孫が生まれた。
「死と生」を目まぐるしく体験して、「死ぬ事とは、生きる事」と見つけた。
去年は、ホームスティするマレーシアの子を迎え入れるために、バタバタと部屋の模様替えをしていた。
みねこ先生に本を作ってあげたいと思いつき「紅の想ひ」のイラスト描きと短歌への書評も書いていた。(みねこ先生は、この2ヶ月後に永眠)
昨年は出版したり、ジャズコン開いたりと厚洋さんに対する思いが走っていた。
日記には、
「厚ちゃんのお誕生日。この日は真愛の幸せが始まる日だったので、これからも毎年、「幸せスタートの日」としてお祝いする事にする。
生きて来ることの凄さ。「産まれ・育ち・出会い・看取る。」こんなに凄い時空を貴方と過ごした稀有な事に感謝です。
他の誰でもなく「真愛」なのです。
他の誰でもなく厚洋さんを愛して子を産ませてもらったのです。
彼の子が拓だけと言う事が凄いことです。
愛しい人の子が子を育てています。
厚洋さん。誕生してくれてありがとう。
産まれて来てくれてありがとう。」と。
泣きながら書いだのだろう。
今年もこのnoteを書きながら、ポロポロ涙は止まらない。
で、今年は何をしたかって?
「お墓掃除をしました。」
厚洋さんの実家のお墓は、北海道岩内。真愛の実家のお墓は、東京永代。どちらも遠くてお参りに行き辛い。
そこで、毎日いけるように、我が家の近くに作った。
(厚洋さんは「墓は、いらない。散骨だ」って言ってたけど…。)
真愛の願いで建てた。
建墓してから一年半、半年は毎日通った。
一周忌が済んでも毎日行った。
しかし、「彼がやりたかった事を真愛がやる」と決めてから、真愛の活動が活発になり、週に、2、3回になった。
今年の夏に「お墓の壁に緑の苔が生えてる」のを確認したが、蚊が酷くてゴシゴシ擦る掃除はしなかった。
このコロナ禍の中、3回忌はお寺で、一人だけの法要だった。
お墓参りに行くたびに(嗚呼!苔取りの掃除をしなくちゃ。)と思いながら、今日まで来てしまった。
今月の予定を書き出す時に、「何があってもお墓掃除」と書いていた。
今日やろうと決めたのは、先週の事だ。
「厚洋さんのお誕生日に何もしてあげられない。
でも、お洋服の代わりにお墓の掃除はできる。」
お墓屋さんも言ってたこと。「亡き方の身体を拭くようにタオルでお水で拭いてください。」
病院で、厚洋さんの身体を良い香りの清拭剤で吹いてあげたように「お身拭い」をしよう。
「雨が降っても、彼の誕生日にやる。」と決めた。
今日は、愛しい人の誕生日。

本日は晴天なり、厚洋さんが待っていてくれたのかもしれない。
掃除スタート。
「優しく!」なんて拭いていたら苔は落ちない。
鏡面仕上げのところはタオルで拭いて直ぐに綺麗になるが、荒削りのままのところは、
「痛っ!オイオイ、もっと優しく出来ないの?」
って厚洋さんの声が聞こえそうなほど、力一杯、何回もゴシゴシ、シュシュと擦った。
2時間半。
苔と大格闘の末、建墓仕立ての時のようになった。
今日は亡き夫の誕生日。
ケーキを買ったら真愛本人が太るので、彼が真愛に作ってくれたフレンチトーストを焼いて可愛くトッピングしよう。
家に帰って来るとプレゼントが届いていた。
厚洋さんと従兄弟同士になる北海道のyasuyukiさんから「後志(しりべし)の四季」というカレンダーが届いた。

Yさんは、水彩画を描く。
厚洋さんが亡くなってからのご挨拶の中に「彼の北海道の絵」が数枚入っていた。
厚洋さんが好きだった積丹の絵もあった。(今でも、厚洋さんのコーナーに飾ってある。)
その彼の絵がカレンダーになって送られて来たのだ。
最高のプレゼントだった。
何気ない日々の中で、沢山の幸せに包まれて生かされている気がする。
私の人生なんて、宇宙の営みの中では「瞬き」にすらならない。
でも、その瞬きの中で沢山の幸せを感じて生きる事が出来る。
真愛は、幸せに包まれている。
去年の日記と一緒だ。
この日は、厚洋さんの誕生日。
真愛の幸せが始まる記念日。
厚洋さんに初めて教えてもらった、そして、いつも作ってくれた「甘いフレンチトースト」に蝋燭一本立ててお祝いをした。

「ありがとう。
生まれてきてくれて、
ありがとう。
真愛を選んでくれて、
真愛の幸せのスタートの日。
おめでとう。」