
おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのお家へようこそ。
愛しい人を亡くして595日。
メソメソしていられなくなりました。
世の中、新型コロナウィルス感染拡大
外出自粛・休業要請・3密禁止
ちゃーちゃんと2人だけの毎日。
日本中が泣いていられないのです。

44回めの結婚記念日だ。
厚洋さんが亡くなって2回めのひとりぼっちの記念日だ。
41回め4月29日の日記にも「厚洋さんがスイカを買ってきてくれた。
1年目の日と同じだね。」と書いてある。
毎年この日には、厚洋さんが必ずスイカと宝石をプレゼントしてくれた。
真愛は、スイカが大好き、最後の晩餐で食べたい物はスイカだ。
独身時代のこと。
嗅覚の効く真愛は、スイカ??の匂いは、部屋に入って直ぐわかる
ので、職員室に帰って、
「あっ。スイカ食べたね。私の分は?」
って要求して笑われた
スイカを食べさせておけば静かだった。

45年前の4月29日。
真愛は、花嫁さんだった。
大好きな厚洋さんと一緒になる嬉しさと
みんなの前に出る恥ずかしさとでドキドキしていた。
お式も終わり、写真撮影も終わり披露宴。
きっちり着せられていた花嫁衣装・重い文金高島田。
朝早くから準備したので、苦しいのとドキドキで何も食べていなかった。
そんな真愛の前に
当時では珍しい春のスイカ
がデザートとして並べられていたのだ。
偉い先生の話もお友達の話も耳に入らないほど
「スイカ」が気になった。
前日、厚洋さんに
「花嫁さんが大口開けて食べるなよ。」
と笑われたので、食べられない事が切なかった。

打掛から色振り袖にお色直し
教え子さんからのメッセージと花束をもらって
次のお色直しに戻るとき、小学校からの親友が
「マコちゃん。喉乾いたでしょ?
お腹も空いてるよね。
控室にスイカとサンドイッチ置いとくからね。」
と言ってくれた。天使の囁きだ。
次は、ウェディングドレスになるので、髪をセットする
厚洋さんより早く出た。
自分でも可愛いドレス姿になり控室に戻った。
写真撮影のために厚洋さんも着替えが済んでニコニコしていた。
「何だか変だな。楽士みたいだ。」
「大丈夫。さっきの噺家みたいなのよりずっと似合ってる」
と言いながら、幸せとスイカ??の匂いを強く吸い込んだ。
が、
スイカがない。
「ね。ここにスイカなかった?」
「ああ。あったよ。」
白いデザート皿の上には赤い汁と種が残ったスイカの皮がのっていた。
「どうして食べたの?なんで?真愛のなのに」
「なんで?いっこちゃんが真愛の為に置いといてくれたのに!」
「あっ、そうだったの?
喉乾いてて、美味しかった。ごめん。」
花嫁さんは泣きそうだった。
嫁ぐのが悲しいのではない。スイカを食べられてしまった事が泣きたかった。
腕を組んで歩きながら
「真愛もスイカ食べたかったの」って言った。
結婚式の写真が出来上がりアルバムに貼るときに、
あの時の「スイカの種」も貼り付けた。
そして、恨めしそうに「スイカ食べたかった。」と言った。
翌年の結婚記念日。
4月29日(天皇誕生日)

厚洋さんは、
スイカに顔を描きリボンも付けてプレゼントしてくれたのだ。
甘い愛の囁きはない。
「ホラ??好きだろう??」
でも、真愛は抱きついて喜んだ。
厚洋さんでは無くスイカにいっぱいキスをしたのを覚えている。
厚洋さんが「スイカにか?」と言った事も
それから42回も
毎年、必ずスイカ+○○は、続いた。
本当に幸せな真愛だと思う。
恥ずかしがり屋でロマンチストな厚洋さんのお嫁さんで良かった。
昨年の4月29日。
「結婚記念日。ひとりでスイカを食べます。」と、
日記に書いてある。
更に、
「厚洋さんのお嫁さんにして貰って、本当に幸せでした。
ちゃんと伝わっているのかな?
病院でいっぱい言ったからちゃんと伝わってるね。
だから○○○したのだものね。」
(拙著「白い花にそえて」命がけの恋 文芸社版)
と書いた後。
「今、真愛そのものが厚洋さんです。
もっと文才も分けてくれれば良いのにね。」
とも付け加えられている。
小学校三年生から書き始めた日記。
途切れ途切れで、
最高に幸せだった結婚から数年は
「幸せだと詩が書けない。」と記されている。
結婚記念日の今日、改めて思ったことは
「書き残すことの大切さ」だ。
思い出は時の流れにクルクル揉まれ、
千切れて薄れて無くなってしまうけれど、
書き残すことによって「色鮮やかに蘇る思い出」となる。

厚洋さんと一緒に「結婚記念日」のお祝い。
「あなたのお嫁さんで幸せでした。
今も厚洋さんが大好きでいられる幸せをありがとう
スイカの匂いも甘さも素晴らしい!
まだ、嗅覚も味覚も異常をきたしていない。
「厚洋さん。守ってくれて有り難う。」
外出自粛で誰にも会えない。
今、日本中で、世界中でひとりぽっちで淋しい思いをしている人が沢山いる。
真愛は今、「修行をしている。」独りで自分自身と向き合い、未来をどうするかと
とにかく頑張ろう。泣かないで。
付け足し。この話題も全てnoteblogで公開している。
そっちの方が毎日公開なので面白い。

緊急事態宣言・外出自粛が5月末まで続きそうだ。
初めの二週間程度は台風よりも我慢できる
と思っていたが、
誰とも会わないうちに不安がたまり
厚洋さんに話しかけても返事がないことに
鬱状態になった。
息子が毎日連絡を取ってくれるが、躁鬱を繰り返した。
そんな時、必ずチャーちゃんが寄ってくる。
「ねぇ。ねぇ。だいじょうぶ?」って言って…。

しかし、移り気で自分勝手な真愛に似ているチャーちゃんだ。
「前向きに行動しなくちゃ」ってお掃除していたり、春から夏物に替えていたりすると
お尻ふりふり
獲物にされる。
猫背のくせにばっちり伸びをして
邪魔をする。
厚洋さん亡き後、大切な同居人のチャーちゃんだ。
唯一、話し相手のチャーちゃんだ。
妨害されても
「ご飯の時間ですよ。」
って言われたら、トイレを我慢してもそちらに行く。
解ってくれているのかな?
いや、厚洋さんがのりうつった気もする。
厚洋さんは真愛にものりうつったがチャーにも…。

真愛が大変お世話になったお琴の先生の旦那様が逝かれた。
突然の訃報だった。
それも「・・・・かもしれない。」
噂であって欲しい。
もし、明日がお葬儀だったら。
様々に考え、真愛が厚洋さんを送るとき、教え子さんにして貰ったことを思い出した。
厚洋さんの好きだった墨絵に般若心経を書いて棺に納めてくれた。
真愛も徹夜で描いた
願わくば 花の下にて 春死なむ その如月の 望月の頃
先生を支えて下さった優しい旦那様だった。

今年も勿忘草が咲いた。
おのろ生えと言うらしいが、10年以上も前から落ちた種が芽を出すのだ。
それを掘り上げ移植する。
ところが、今年はそこら中で花を咲かせた。
昨年の台風で土も移動し種も移動したからだろう。
「俺を忘れるなよ。お前の傍にずっといるから」って
厚洋さんの声が聞こえた。
彼の植えた「黄色のカタクリ」も元気よく咲き始めた。

厚洋さんは「カタクリ」が大好きで、群生地を探して宮城、栃木、群馬を訪ねた。
真愛の詩画集のカタクリの絵も褒めてくれた。
しかし、真愛は彼の買ってきてくれた鉢植えのカタクリを見て描いただけで
群生地に行ったことが無い。
昔、房総丘陵で迷子になった時見つけたのが「カタクリの群生地」だったと思うが
探しに行っても二度と見つけられなかった夢の花だ。
昨年、先輩から「ほらっ。いいだろう?カタクリの群生地だぞ。」って
今年は、先輩に教えて貰って行ったが
見つけられなかった。
ただ、厚洋さんに教えて貰った「二輪草の群生地を見つけた。
「いつも2人一緒だよ。」って
ちょっと頂いて「白い花」を描こうと思ったが、ひと茎で我慢した。
来年はカタクリも二輪草もしっかりその場で写生をして描きたい。

>緊急事態宣言・外出自粛。
今できることを考えた。
note blogにアップした真愛の絵本だ。
不安で怖くて仕方が無い。
そんな時厚洋さんが言ってくれた言葉。
「だいじょうぶ。」
過信はいけない。でも、だいじょうぶ必ず、明るい光が射すよ
人のせいにするのではなく
「自分の心を信じて生きていけ」
って
全て読む方は「真愛絵本」をちょんちょんしてね。
ごめん。Javascriptの勉強してからです。