ゆめにゃんこ ちゃーちゃ

ようこそ ゆめにゃんこちゃーちゃのお家に
   笑顔になる「夢を叶えるにゃんこ」のお家

おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのページです。
アメリカンショートヘアのチャーちゃんは、真愛の大好きな厚洋さんのもとに逝ってしまってから1年4ヶ月がたちました。
今でも厚洋さんと一緒に
努力することの大切さ。
人を笑顔にすることの喜び。
愛しい人を思い続けることの幸せ。
沢山のことを教えてくれています。
毎朝、般若心経を唱えた後、厚洋さんの戒名・母の戒名。そして、チャーちゃんの戒名茶愛阿吽も唱えています。
悲しみの中だからこそ「ゆめ」を「夢を持って!」と教えてくれます。
だから、このHomepageの名前も変えず、
このページを書くことによって
生きていれば、絶対に、もう一度「幸せ」を感じられる未来が来ると伝えたいと思って書いています。
人は分からない未来に向かって歩きます。
それは、過去の出来事全てが今の自分を支え
幸せな思い出が「歩」を進める力となっているからです。
コロナ感染症の拡大は第8波への序章を感じさせます。
真愛も4回目のワクチンが終わり、インフルエンザの予防接種もしてきました。
高齢者の真愛は、自主的な行動制限を続け「ひとり病」に罹りました。
「独居老人病ではなく「完全自由」というとらえ方をしたら太って来てしまいました。
くれぐれもお身体にお気をつけてお過ごし下さい。

読書の秋
厚洋さんになりたい…。


読書の秋・出版期になると厚洋さんの書いた
最後のMook「子ども達の心が育つ ジーンとくるお話文例集」が出版されたことを思い出します。
嬉しい癖に喜ばない厚洋さんのお祝い写真をこのpageに書きたくて
チャーちゃんに持たせて写真を撮りました。
写真を撮られるのが嫌いで「顔出しはダメ!」
でも、チャーちゃんと一緒なら…。
「チャーちゃんに持たせて、厚洋さんは本とチャーちゃんを支えて。」
まだ、日本画もnoteblogもやっていない頃
(何時か厚洋さんのようになりたい。)
と良いながら撮りました。
自分を追いかけようとする真愛をどのように見ていたのでしょうか。
少なくともくっついて来たがる真愛を可愛く笑ってみていたのでしょう。
まだまだ、足下にも及ばないのですが…。
きっと、応援はしてくれていると思います。

イラスト・コンクールで
   ちょっとだけ「銅賞」



三絃のお師匠さんのお庭に咲いた鉄線花。
見事な白の美しさを
恩師のお香典返しの今治タオルが入っていた桐箱の底に書きました。
厚洋さんに会いに逝く時の「冥土の土産」に書きました。
お師匠さんが「それはダメ。もっと前向きな思いで。」と言われ
玉手箱・夢が入った宝箱にしました。
真愛の色のオレンジ色の風呂敷で包みました。
「銅賞」を頂きました。宝箱です。

ガーデニング・コンクールで
   ちょっとだけ「銅賞」



具合の悪くなった厚洋さんが
部屋から眺められるように植えた花木や草花。
彼がいなくなって4年も経って
美しく咲き競っています。
見せたかった。
喜ぶ顔が見たかった。
きっと真愛の目を通して見てくれていると思って
写真に撮りました。
そんな思いが「銅賞」を頂いたと思います。
厚洋さんみたいになりたいのに文章だけは、死んでも何も賞を頂けないのでしょうね。
もっともっと努力せい!って事ですかね?厚洋さん。

きみぴょんとHug
  誰か分からない


厚洋さんが亡くなって抱きつく人が居なくなった。
息子のお嫁さんは、真愛の気持ちを分かってくれて、
合うと必ずHugしてくれた。
孫達もHugすることがお決まりだった。
コロナ禍になり、Hugする人と逢えなくなった。
こんな時代になるのなら、知り合いみんなとHugしておけば良かったのに…。
そんなコロナ禍8波の入り口の日に「きみぴょんに会った。
我が町のキャラクターだ。
可愛くて大好きなゆるキャラである。
「きみぴょんだー!」と声をあげて大喜びする真愛に向かって
きみぴょんは手を広げて「おいで!」のポーズをとってくれた。
抱きついてしまった。
中に入っている人は、厚洋さんだ。
久々のHugだった。
ディズニーランドのキャラクター達もHugしてくれる。
何故、心の中が分かるんだろう。
欲しそうな顔をしていたのかな?

片見の月は良くない。
    十三夜を愛でる


9月の十五夜を楽しんだ。
美しい月だった。
厚洋さんと一緒にゆっくりと観た。
後で調べたところ、10月の十三夜の月も、
11月のお十夜も美しく、観ないと「片見の月」といって、片手落ちなのだそうだ。
お供えしたのは、まあるいチョコパンとクリームパン。
厚洋さんが好きなパンの種類。
結局ここあたりから、真愛のお腹もお月さまのようになった。
観るのは良いが食べるのは控えた方が良いかも…。

初給料


以前、日本語教室で教えていた時さんが、
「先生、初給料でました。先生に食事ご馳走したい。」
と言ってくれた。
この夏には、二人で翻訳の仕事もさせて貰った仲なので、真愛の方がお礼をしなければいけないのに。
厚洋さんの教え子さん「むらこし」を選んでくれた。
好みが同じって事だけで嬉しい。
厚洋さんと息子達と「お食い初め」をした部屋だった。
彼女には言えなかったが
「厚洋さんも一緒にご招待」して頂いた気になった。
誰とも仲良くその人のためを考えろって
厚洋さんの声も聞こえた。

見せたいもの


やはり、日本語教室で知り合って仲良くなったAmandaが泊まりに来た。
まだ、紅葉には早く、どこに行こうか迷った。
真愛の行きつけの喫茶店で、彼女の好きな「レアチーズケーキ」を食べた。
直ぐ近くにある上総観音霊場の一つである長泉寺に行って、日本の六地蔵信仰・七福神信仰・観世音信仰の話を説明できた。
一番見せたかった鹿野山九十九谷の絶景を見せたかった。



日が沈んでいく瞬間の稜線の美しさを見せたかった。
残念ながら入り日は随分と北寄りになっていて見えない。
もっと高いところでなら見えるかも…。とマザー牧場に急いだが、
今度は入り日は高度を下げ姿すら見えない。
閉園10分前に入場し、猛ダッシュで観覧車に乗った。
日没の瞬間を見た。
一人で観ていたら泣いてしまう風景が誰かと観たら笑っちゃうこともある事に気づいた。
やっぱり厚ちゃんと観たいと思ったが、彼は高所恐怖症。
一緒に観るなんて出来ない。
いや、あの時も真愛の傍で観ていたのかも。
今は、高所恐怖症は解消されているのですか?

残照
東山魁夷


Amandaと東山魁夷の観たと思われる風景を見た。
魁夷の出世作「残照」である。
厚洋さんとも見に来たが、
その時の風景が思い出せない。
寒くて帰りに「つたや」によってウナギを食べたのを覚えている。
どんな風景も絶対に同じということは無いのだ。
木々の成長も違えば、その時の風も雲も違う。
物だってそうだ。
オートメーションで作られたネジ一つ。
形も原料も同じだが、作り出された時が違う。
一つとして同じものが無い世界に生きているのに
そんなことに気づかず生きてきた自分が見えた。
残照は稜線が美しかった。

三絃よりお琴


Amandaが止まった夜もちゃんと三絃の練習をした。
彼女には、日本の楽器を楽しんで貰うのにお琴をだした。
お師匠さんが仰っていたこと。
「外国の方に和楽器体験をして貰うには、お琴が一番。」
その通りだった。
真愛のお稽古が終わる前に「さくらさくら」がひけていた。
外国人の方向けに「お琴の体験コーナー」をどっかで作りたいなあ。

日本画


東山魁夷の「残照」についてnoteに書けた。
更に今月は、葛飾北斎の肉筆画を見ることが出来た。
浮世絵なんて、彫り師ががんばり、刷り師が頑張って出来上がる物
嫌いでは無いが無名の名人の名前が出てこないことが切なくて…。
しかし、80歳の北斎が描いた日本画は本当に素晴らしかった。
後ろ向きの少年が富士山を見ながら笛を吹いている。
笛の音もそこを流れる川音も、空気の流れや涼やかさも感じる。
やっぱり北斎は凄いと思った。
出来れば、米国に行ってこの絵を生で見たいと思った。
画狂老人卍と名を入れた北斎さんに会えたら良いな。
彼みたいに「画狂老人」と言えるほど、もっと絵を描かなくっちゃ。

シャルル・デュトワ
      カラヤンみたいな指揮者



交響曲を聴くと寝てしまう真愛が「ストラビンスキーの「春の祭典」を感動して聴けた。
昔大好きだった指揮者カラヤンに振り方が似ていた。
小澤征爾さんが立ち上げた「サイトウキネンオーケストラ」とデュトワ氏とのコラボレーションだった。
2022セイジ・オザワ松本フェスティバルの様子をNHKが放映したのだ。
色々な音楽に首を突っ込めたのは、厚洋さんの多趣味のお陰で有り、
それは、教職に就いていたときも、退いた今でも真愛に良い影響を与えてくれている。
自分では演奏することは出来ないが「良い音」「心に響く音楽」を楽しむという幸せな行為を身につけさせて貰った。
カラヤン氏よりも好きな指揮者は現れないと思っていたが、
86歳のデュトワ氏に魅せられた。
そして、交響曲は演奏者の一人一人が楽しみ・聴衆の一人一人が楽しめる様に指揮者と舞台監督が一体となって醸し出すものであることを感じた。

デュトワ氏がお兄ちゃんに似ていたからかもしれない。
笑笑

若い書家
    中山心路氏


中山心路氏の書家展にいつた。
氏と言っても、若干20歳。大学生である。
彼のお祖父様が幕田魁心氏であり、その娘さんが中山明粋氏で、真愛の小学校の時の教え子さんだ。
心路君が小さいときから、水墨画作家の明粋先生に学校の子ども達がお世話になっていた。
書道パフォーマンスの際のお手伝いをしてくれた可愛い子がどんどん成長していくのを見ていくのも楽しかった。
中学校の頃から「書」の道に対する思いが素敵だった。
書道一家に育ったからと言ってしまえばそれまでだが、
その道に進むかどうか決めるのは本人である。
茶道の家元の家に生まれ、茶道家になってもただの人より困った人も居る。
己の進む道は、己の心に問うた答えの路に進むはずである。
若い書道家はねそう選んだのだろう。

色が見え、音が聞こえる書


「海月澄無影」
真愛の乏しい表現力では、伝えづらい、
清々しい気持ちになる書だった。
「和神」
防衛大臣の部屋に飾ってあげたい書だった。
同じ市の住人なのに気づかないのだろう。

孫は遊びを作り出す


暫く逢えない孫達の画像を息子のお嫁さんが送ってくれる。
あんなに小さかった赤ちゃんが、手を繋いで登園している。
直ぐに「抱っこ!」と言っていた幼児が、
妹と遊びながら…。
帰ってくる。
なにやら、ジャンケンで負けたらしく、妹のリュックを前に抱えた。
負けることを認める年になったのだ。
子どもは遊びの中で、心を育てている。
優しく見守る母親の笑い声の入った動画も送られてきた。
孫達は幸せの中にいる。

秋の花々





金木犀は厚洋さんの逝った日を思い出させ
ホトトギスは教え子のお母さんの笑顔(亡くなった)と旦那様の苦悩の髭を思い出す。
大文字草は、厚洋さんが教えてくれた花の名前。
山茶花は母の編んでくれたマフラーについていたポンポンの香り
蜜柑は厚洋さんが植えた。
そして、正気を取り戻させてくれた香り。
「野菊は真愛。竜胆は貴方。」と巫山戯た2人の思い出の光色に咲いた。
もうすぐ、寒い冬が来る。
独りぼっちの5回目の冬が、直ぐそこまで来ている。