
おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのページです。
アメリカンショートヘアのチャーちゃんは、真愛の大好きな厚洋さんのもとに逝ってしまってから1年3ヶ月がたちました。
今でも厚洋さんと一緒に
努力することの大切さ。
人を笑顔にすることの喜び。
愛しい人を思い続けることの幸せ。
沢山のことを教えてくれています。
毎朝、般若心経を唱えた後、厚洋さんの戒名・母の戒名。そして、チャーちゃんの戒名も唱えるようになりました。
悲しみの中だからこそ「ゆめ」を「夢を持って!」と教えてくれます。
だから、このHomepageの名前も変えず、
このページを書くことによって
生きていれば、絶対に、もう一度「幸せ」を感じられる未来が来ると伝えたいと思って書いています。
人は分からない未来に向かって歩きます。
それは、過去の出来事全てが今の自分を支え
幸せな思い出が「歩」を進める力となっているからです。
コロナ感染症の拡大は第七波に入り、小康状態です。
高齢者の真愛は、自主的な行動制限を続け「ひとり病」に罹りました。
くれぐれもお身体にお気をつけてお過ごし下さい。

先月もやりたいことが出来た!
と書けたのですが、今月も「やりたかった事」が出来ました。
今年の1月から三絃のお稽古に行っています。
始めた日の目標は、
「福寿草が弾けるようになったら、着物を着てお稽古に行く。」でした。
福寿草は弾けるようになったのですが、なかなか着物を着ていくゆとりがなく延び延びになっていました。
しかし、この暑い中、紗の着物を着て出かけることが出来ました。
切っ掛けは、お稽古日の前日、何度の整理をしていて、厚洋さんの写真を見つけた事でした。
お友達の結婚式にギターを抱えて歌っている彼の姿でした。
三絃を習おうと思ったのも、着物で行きたいと想ったのも、
みんな厚洋さんが喜んでくれるはずの事だったからです。
で、「頑張らなくちゃ。」と…。
くそ暑い中、着物で行きました。
お師匠さんが写真を撮ってあげるというのに
汗だくなのでお断りしました。
秋になったらまた、挑戦します。

今年新しく玄関の飾りを買いました。
厚洋さんが逝ってからは、新しい物は買わなくなったのですが、
可愛い盆提灯の瀬戸焼セットを買いました。
お仏壇にもお盆の飾り付けをしますが、
8月のお玄関の飾りにするのも良いかな?
厚洋さんが早く帰ってきてくれると思いました。
蓮と金魚鉢・可愛い金魚は厚洋さんが買ってくれたものです。
20年以上も同じものを出しています。
我が家は、季節に合わせた良い生活をしていたのだと思いました。
厚洋さんと趣味・趣向が似ていて良かったとつくづく思いました。

真愛の誕生日には、真っ赤な薔薇の花束をプレゼントしてくれた厚洋さん。
彼が逝った翌年から前の前田さんの奥様がプレゼントして下さいます。
真愛の拙著「白い花にそえて」を読み、
厚洋さんのメモ日記から
厚洋さんの代わりにプレゼントして下さるのです。
いつも行く喫茶店「コイトコーヒー」さんでもHappyBirthdayをして下さいました。
この年になると誕生日は
「死出の旅路のタラップを一段登ったとしか思えなくなりますが、
みんなに大切にされている真愛でいるための努力をしなければ
と思えることも事実です。

真愛の誕生日はお盆の入りの日。
小さい頃から嫌でしたが、厚洋さんと付き合っているときに言われました。
「お前は地獄の釜の開くときにその人達と一緒に来たんだ。
絶対、みんなが守ってくれるぞ。
偉大な歴史的人物も、大悪党もな!」
今は、厚洋さんもがっちり守ってくれています。
今年のお迎え火を焚くときには線状降水帯が留まった豪雨。
お迎え火の向こうに季節遅れの真っ白いクチナシの花が咲きました。
15日には成願寺さんからお塔婆を頂きお墓参り。
お盆のお塔婆も四枚になりました。

お花の好きな厚洋さんは、毎年朝顔を育てていました。
今年は、朝顔の育つ時期に雨が多くて、夏休みに入っても花は咲きませんでした。
それがなんと、お盆が明けた17日の朝に一つだけ咲いたのです。
思わず、朝顔に話しかけてしまいました。
「あら。昨日咲いてくれれば、厚洋さんが見たのに!」
「そんなこと言うなよ。真愛が見ているものは俺も見てるんだから…。」
と厚洋さんの笑う声が聞こえます。
そうですよね。
厚洋さんは真愛の中にいるのですから、
いつもいつも一緒なのですものね。
そうそう、お仏壇に供えていた桔梗の花が「白銀」になっていました。
蕾の時から光に当たらなかったからです。
金は光で、銀は影。
闇は黒ではないと感じました。

そんな格好いい言葉ではないんです。
10年以上前から「汚れた壁」を何とかしたいと思っていたのです。
厚洋さんの煙草のヤニで家中が煤けていましたから。
でも手を付けられないままいました。
トイレの壁紙は18何前に貼り替えました。
この話を書くと長くなるので止めますが、
厚洋さんのお母様が亡くなって真愛も北海道に帰る日に、なんと「トイレに閉じ込められてしまい。」
レスキュー隊に助けて貰ったのです。
その時にドアを壊し、壁も壊してしまったので、
北海道から帰ってきてから真愛が責任をとって改装したのです。
それが結構上手くいったのでやろうと思っているうちに
今年になってしまいました。
お母様の祥月命日が近づく度に思っていました。
誰も見る人が居ないのでこのままでも良いと思いましたが、
「いつも綺麗でいろよ。」って言う厚洋さんの声は、真愛の容姿だけではなく、生活態度にも言っていたことでしたので思いきって身体が動くうちにやりました。
皺だらけの張り方ですが、彼も努力は認めてくれると思います。

真愛の壁紙貼りを見てからの美樹ちゃんの旦那様の改装は、
玄人跣・本職も顔負けして逃げ出すほどの出来映えです。
分け合って、美容室の場所も名前も宣伝できませんが、
まあ。素晴らしい出来映えです。
誰かに知らせたくて息子に写真を送りました。
「凄いな。今風なんだね。」と褒めてくれました。
いえいえ、ここの美容室。改装前は結構古い古民家?
その素材を生かしつつこんなに素晴らしい「居心地の良い空間」をつくりだしたのです。
世の中には凄い人が沢山いるのです。
それも、真愛の近くに…。
いっぱい!
見つけられる感性を持ちたいですね。

厚洋さんの時計が止まってしまって暫く立ちました。
彼が逝ってから直ぐに直してから、3年半。
直して貰った加持時計店に二回ほど行きましたがお店が閉まっていて頼めないまま7月まで。
ネットで見つけた修理屋さん「千年堂」に頼みました。
良心的な会社で丁寧に説明もしてくれました。
厚洋さんの口癖「一つで良いから本物・良い物を身につけろ。それに相応しい人間になるから…。」
彼は沢山の良い物・本物を身につけていました。
この時計もオメガです。
きっとマークのΩが好きだったのです。
ウィスキーのボトルにもΩを書いていましたもの。「抵抗」「アナアキスト」なのです。
良い物は手入れが大事です。オーバーホールは3年に一度。
でも、元気に帰って来た時計を見て
厚洋さんが帰って来たと思いました。
真愛と厚洋さんの新しい時も動き出しました。
息子の家の机の上の厚洋さんの写真。横には息子に相応しい時計が置いてあります。
良い親父だったのですね。

厚洋さんの俳号は「満望・マンボウ」でした。
「魚のくせにちゃんと泳げないんだぜ。俺みたいだろう?」
と良く言っていましたが、大好きな魚のです。
小さい頃に遠藤周作氏に憧れ、どくとるマンボウも愛読したようです。
また、彼の学級通信の名前は「マンボウ」。研修報は、「マンボウの…」でした。
で、NHKのダーウィンが来たを見ていたところ「マンボウの昼寝」の理由を知りました。
厚洋さんは上手に泳げなくて横倒しになってしまうと話してくれていましたが、
実はそうではなく、
海鳥に自分の身体に付いた寄生虫を食べて貰っていたようです。
また、マンボウ君は深海にいるクラゲを餌にするので、クラゲを食べている間に身体が冷えてしまいます。
その身体を温めるために横倒しになって昼寝をしているように見えるのだと、具体的なdataを提示して放映していました。
「マンボウのあくび」だったり「マンボウの独り言」だったり「マンボウのうたた寝」だったりと何十冊もあります。
厚洋さんが元気なときに新情報が分かったらなんと言うでしょう。
真愛はこれからも彼の知らなかったことを沢山得ていきます。
そして、何時か彼と再会したときに山ほどの時間を使って話したいと思いました。
まあ、今でも真愛の目や耳・手足を通して沢山のことを一緒に感じていますがね。

研修報を探していたら、
出て来ました。
彼の吸っていた煙草の空箱です。
2階の書斎から出て来ました。
ゴミ箱に入れる前にちょっと本棚に乗せたのが、本の裏側に落ちたのでしょう。
クシャクシャに捻れて出て来ました。
匂いを嗅いだのですがピースの匂いは無く誇りっぽかったです。
切なくなりましたが嬉しかったです。
「なんだ。まだ、俺の本をちゃんと探して読んでくれるんだな!」
と褒めてくれたような気がしたからです。
彼が学んだ全てのことを真愛はまだ多くの人に知らせていません。
これからは、noteに書くことを悩んだら彼の研修報を「全国の先生方」に向けて書くのも良いかなと思いました。

色々な事情で好きでは無かった句会に参加しました。
句会については何ヵ所かの会に出たこともあるし、教員の時は子どもと句会を楽しんだこともありました。
しかし、真愛の近くにいる俳人や道徳人と言われる方が好きではありませんでした。
平気で嘘をつき、有りもしない人の噂話をするからです。
俳句を捻るのは虚構の世界。
文学は虚構の世界。
それを嗜むのだから虚構が平気なのでしょう。
真愛も厚洋さんも文学は哲学だと思っていました。
なので、言葉遊びの世界と生活を混同する人が嫌だったのです。
ところが、「あのみち」という句会に参加しました。
日本語教室ボランティアの先輩である広上さんの主催する句会です。
彼女のご縁で素晴らしい俳人「加藤法子氏・鬼の子の著者」にも会えました。
みんな、真愛よりも先輩なのですが、初めてのお馬鹿な句にも丁寧に助言を下さり、
何よりも肩肘を張らない居心地の良い句会でした。
今までのように、どの人も「一席」に入らなければ。とか、この句の批判はどう言えば良いのか。なんていやらしさが無いのです。
厚洋さんがいたらきっと「俺も投稿しようかな。」なんて言ったと思う句会でした。

夏の思い出です。
夏。厚洋さんと出かけると「かき氷」の旗を見つけると、
「食べない?」と真愛に聞きました。
もちろん、真愛は厚洋さんが誘ってくれたことに否を唱えることはしません。
かき氷は必ず「イチゴ」。
それも1杯。
自分はビールか何か頼んじゃって…。車の運転は真愛。
かき氷が来ると
「おっ!良いね。夏だね。ちょっといい?」
って、自分の方に持って行って、
上の一口だけぱくり。
「上手い!」って言って真愛の前に返すのです。
西瓜だって真愛の為に買って来てくれたはずなのに、
上の方だけぱくり。
考えたらみんなそうでした。
いつも一つの物を彼が食べて後の大半を真愛が食べていました。
なんだか仲の良かった夫婦だった事を、今更に思い出しました。
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