
おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのページです。
アメリカンショートヘアのチャーちゃんは、真愛の大好きな厚洋さんのもとに逝ってしまいました。
それでもHomepageのタイトルは変えません。
今でも厚洋さんと一緒に
努力することの大切さ。
人を笑顔にすることの喜び。
愛しい人を思い続けることの幸せ。
沢山のことを今でもあちらから教えてくれているからです。
悲しみの中だからこそ「ゆめ」を「夢を持って!」と教えてくれます。
このページを書くことによって
生きていれば、何度だって「幸せ」を感じられる未来は来るのです。
そう伝えたいと思って書いています。
人は分からない未来に向かって歩いていのです。
それは、過去の出来事、全てが今の自分を支え
幸せな思い出が「歩」を進める力となっているからです。
5月は、漸く心が落ち着き、現実を受け入れられるようになりました。
そして、ゆめゆめ日記の2023年6月の欄には
「思い出解約」
と言うタイトルをつけました。
厚洋さんが使っていた携帯電話を解約してきたのです。
五年間も何も使わず…。
いつか、厚洋さんと話が出来ると思っていたのですが
それは妄想であると、現実を受け入れることが出来ました。
年金暮らしの真愛の生きていく術でもありました。
本籍地も変更してきました。
厚洋さんが建ててくれたこの家が原点になります。
厚洋さんとの思い出は毎日のように思い出します。
そして、毎日のように「今の幸せは過去の出来事の上にある。」と厚洋さんに感謝する毎日です。


6月は時の記念日があったからでしょうか。
noteに「時の流れについて」「時代について」「未来や過去について」の記事をたくさん載せました。
時は悲しみを癒やしてくれます。
でも、それは大切な辛い悲しみを忘れさせてしまうことでもあるのです。
愛しい厚洋さんを思って悲しみの海を彷徨っていた事も、本当は幸せなことだったのだと
今は思います。
時の流れに身を任せ♪ご縁というレールの上を走り・歩いてたどり着いた今です。
有るべくして存在し、出会った幸せなことなのです。
さだまさしさんがnewalbum「なつかしい未来」を出しました。
面白い言い方です。
言葉の魔術師の哲学は分かりません。
でも、真愛は、厚洋さんに守られて「なつかしい未来」に向かって歩いて行きたいと思える幸せ者だと思いました。
厚洋さんが逝って1741日。
厚洋さんのコーナーを少し整理することが出来ました。
少しずつ少しずつものが少なくなって
そのうち全部が真愛の中に納められることになるのでしょう。


初孫が生まれたのが6年前。
厚洋さんと真愛と孫。
そして、この映像を撮ってくれていたのが息子のお嫁さんのkaoちゃん。
その隣には、親父を心配してアイコスの使い方を説明する息子。
とびっきりの幸せが…。厚洋さんが亡くなるなんて思ってもいなかった真愛です。
この時の真愛はこの時の幸せをちゃんと感謝していたでしょうか。
ここのお店もマスターが亡くなり閉店しました。
しかし、命は確実に繋がれています。
この孫が六歳になりました。
ママに似て英語が得意。
パパに似てダンスが好き。厚洋さんに似てなかなかの読書家。
真愛に似てお洒落が大好き(なんと誕生日プレゼントはgrandmaと同じマニュキュアセット)
笑っちゃいます。
笑っちゃえるほど幸せです。


吉野ヶ里遺跡で新しい発見があったそうです。
40年前に梅原猛先生の講演を聴きに行った帰りに親子で吉野ヶ里に行きました。
その時
「あの神社が卑弥呼のお墓なんじゃない?」
と感じた場所が今回の発掘場所。
オカルトっぽいけど、そんな妄想が強い真愛でした。
厚洋さんに
「お前には、そのケがあるね。そっち系の占い師でもやってみれば?」
なんて揶揄われたことがあります。
若い時は、第六感も良く当り、変な世界もよく見ました。
結婚して子どもを産んだらからっきし鈍くなりました。
懐かしい思い出です。
卑弥呼のお墓が発見されると良いな。
銅鏡が沢山出てくれば良いのに…。
それにしても親子揃って不貞不貞しいです。
息子の良いところは両親に似ず「負けず嫌い」なところ!
多少不貞不貞しくないとこの世は渡っていけないかもしれません。
小憎らしい時期の息子ですが厚洋さんも真愛も「世界で一番大切な宝」でした。


この写真はコロナ禍前の2019年5月。
幹事さんを引き受けて
2022年に同じ場所で同じところで開催を予定したのです。
しかし、オリンピックも無観客。
緊急事態宣言が出されて、
オミクロン株とかにも変異して
無期延期となってしまいました。


五類に分類されるって!
幹事の書類を見る度に困って悩んで途方に暮れていましたから
やれそうだと分かれば、
LINEのリモートで会議。
コロナ禍で少しだけ賢くなりました。
この4年間で大きく世の中が変わったのです。
どうしても行きたかった恩師のお墓参り。
本当ならば退職した年にご挨拶に行きたかったのですが…。
今のような義理堅い真愛ではなかったのかもしれません。
先生が身罷られたと伺ったのは前回の同窓会の時でした。
幹事になったのも何かのご縁。
と言うよりもボランティア仲間の方と先生のお嬢さんがお友達と分かったのは、
厚洋さんのお習字の先生の書展でのこと。
ご縁がご縁を呼んで大きく廻り、恩師のお墓参りにいけました。
生前先生が作っていたという帯締めを頂いてきてしまいました。
この夏の絽の着物には恩師の組紐の帯締めを使いたいと思っています。


同窓会。
クラス会。
何しろ、最初顔を合わせても旧姓が出てこない。
真愛もこんなに老けているんだね。
なんて思って受付をして、会を始めたら…。
分かる分かるみんなの顔が18歳に戻っているのです。
時空を共有していた者は幾つになってもちゃんとその頃に戻れるのですね。
どの人も介護する人・される人・
草取りに追われていたり、孫のお守りだったり。
大変だけどこの場に出席できていることの幸せをかみしめました。
高校の合唱祭での伴奏者は、現在もピアノの先生。
ちょっとしたコンサートをさせちゃいました。
自慢の友達です。
さて、ちっちゃい子二人は、真愛の息子とこの日会った同級生の息子。
今では良い親父さんになっています。


行きつけの喫茶店が5周年記念を迎えました。
マスターはお坊さん。
厚洋さんが逝って心が折れて自死を考えていた真愛に
「居場所」をくれたお店です。
当時は2〜3時間ぐらいスタッフと話をして貰って、
安らぎを貰って帰ってきました。
今では、開店前から長蛇の列が出来る日もあります。
それでも、スタッフに会いたくて
週一回はこのお店に行かないと
禁断症状が出ます。
誰からも愛される素敵なお店と巡り会えたのもご縁。
幸せです。ケーキ食べて!


簡単だと思っていた紫陽花の花。
大量に描くと小さな額の数が膨大になる事を知りました。
安請け合いはいけません。


ヒメユリですか?
テッポウユリですか?
桔梗は星のように咲きました。
捻り花はやはり天を目指した昇竜です。
毎年咲きますが、その数咲き方は毎年違います。
だから、生きているって分かります。


紫陽花は我が家を取り囲むように、壁のように高くなりました。
厚洋さんと挿し木から始めた紫陽花がこんなに真愛を包んでくれています。
「見てくれているでしょうか。」
「彼奴は恋多き女なんだよ。」って厚洋さんの後輩に言ったと聞きました。
それを野放しに自由奔放にさせてくれていたと思うと
厚洋さんの掌の上で遊んでいたことが分かります。
孫悟空と同じ、どこまで遠くに行っても厚洋さんの掌で遊ばせて貰っていたのです。
本当に可愛がってくれていたのと
最終的には俺の元に返ってくるという自信があったからでしょうね。
それとも、真愛が惚れていたのをしっかり分かっていたのでしょうね。
「紫陽花は移り気」と言いますが
花が密集している様子から
「家族愛」という花言葉もあるようです。
今、紫陽花は真愛をガードしているようで紫陽花格子の中に入れているようです。
クロアゲハは亡くなった人の生まれ変わりと聞きます。
物言わぬクチナシの花に蝶が訪れていました。
噎せ返る香りの中で白と黒が悲しいほど美しく輝いてしました。


厚洋さんがいた頃は、このpageにたくさんの我が家の様子を載せました。
季節の装いが好きだった厚洋さんのために
月に一回は模様替えをしていたからです。
思い出したように紫陽花を飾って「冷やし中華」を乗せました。
赤ジソのジュースも厚洋さんのお得意でした。
みんな、真愛の事を考えて作ってくれたものでした。
一人で作って、一人で食べても
悲しいです。
未だに厚洋さんに会いたいです。
やっぱり往生際が悪い真愛です。
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「真愛絵本」だいじょうぶ
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