ゆめにゃんこ ちゃーちゃ

ようこそ ゆめにゃんこちゃーちゃのお家に
   笑顔になる「夢を叶えるにゃんこ」

おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのページです。
アメリカンショートヘアのチャーちゃんは、真愛の大好きな厚洋さんのもとに逝ってしまいました。
それでもHomepageのタイトルは変えません。
今でも厚洋さんと一緒に
努力することの大切さ。
人を笑顔にすることの喜び。
愛しい人を思い続けることの幸せ。
沢山のことを今でもあちらから教えてくれているからです。
悲しみの中だからこそ「ゆめ」を「夢を持って!」と教えてくれます。
このページを書くことによって
生きていれば、何度だって「幸せ」を感じられる未来は来るのです。
そう伝えたいと思って書いています。
人は分からない未来に向かって歩いていのです。
それは、過去の出来事、全てが今の自分を支え
幸せな思い出が「歩」を進める力となっているからです。
漸く心が落ち着き、現実を受け入れられるようになりました。
そして、ゆめゆめ日記の2023年6月の欄には
「思い出解約」
と言うタイトルをつけました。
厚洋さんが使っていた携帯電話を解約してきたのです。
五年間も何も使わず…。
いつか、厚洋さんと話が出来ると思っていたのですが
それは妄想であると、現実を受け入れることが出来ました。
年金暮らしの真愛の生きていく術でもありました。
本籍地も変更してきました。
厚洋さんが建ててくれたこの家が原点になります。
厚洋さんとの思い出は毎日のように思い出します。
そして、毎日のように「今の幸せは過去の出来事の上にある。」と厚洋さんに感謝する毎日です。



空梅雨って言って良いのかしら?
毎日のように「熱中症警戒アラート」が発令されます。
猛暑日というのでは表現しきれなくなりました。
厚洋さんが、まだ元気だった頃にはあまり使わなかったエアコンをフル稼働しています。
でも、日本海側には「線状降水帯」が居座り、大雨・洪水・土砂崩れ災害を起こしています。
コロナ禍もまた、再炎上しそうな勢いで迫ってきています。
noteを書きながら、
(こんな嫌な世の中を見ないで逝った厚洋さんは幸せだったかもしれない。)
と思えるようになりました。
チャーちゃんにも同じように思います。
冷房かけずに冷え冷えマットの上で寝ていられたのですから…。
それでも、真愛は生かされています。
きっと、世の中の為に何かしなければならないのでしょう。
人の喜ぶ顔を見ることを真愛の幸せとして、
厚洋さんの妻である事を誇りに頑張らなくちゃ
って思わせています。

夏の思い出
 北海道一週…。



夏が来ると必ず思い出すのは、北海道への里帰りです。
結婚した年も翌年もちゃんと帰って、ご親戚廻りとご挨拶をしました。
お腹の大きい年はお休みでしたし、その年は北海道の父母が団地に来てくれました。
拓君のお宮参りにです。
昔は航空運賃が高くてなかなか大変でしたが、拓君が6年生になるまで続きました。
ですから、14年は続いたのです。
三人で写っているのは実家のお庭におじいちゃんが池を作ってくれたときの作業の様子です。
小さい拓君と一緒の時計台は、北海道一周旅行をしてから実家に行ったときの写真。
真愛は良いお嫁さんをしようと一生懸命でした。
今考えると、
その大変さを分かっていた厚洋さんは、その分真愛の喜ぶことを一生懸命にしてくれていましたね。
美味しいものを食べさせてくれたり、毎年違う方法で北海道を楽しませてくれたりと工夫してくれていたのです。
この年は石北峠を越えたのかしら?
歌も教えてくれました。
真愛の好きなことは言わなくても分かってくれていました。
厚洋さんのいない夏休みはやっぱり寂しいです。

年中行事
 続けられる幸せ



我が家は、平安貴族のように必ず五節句を祝います。
人日の節句・上巳の節句・端午の節句・七夕の節句・重陽の節句。
ちゃんとやらないとなんだか嫌なことがありそうで…。
しっかりやっていたのに厚洋さんは具合が悪くなりました。
健康とはお願いするだけでなく「努力」しなければそれを維持することは出来ません。
と、話は別。
小学校の教員であった二人は、教え子達にもその日の由来を話したり、学級通信に書きました。
だから、必ず浴衣を着て、お素麺を頂いて、笹飾りを飾って
星祭りをしたものです。

学校でも
 家でも



真愛は児童会活動を担当することが多く、七夕集会は年間計画に必ず入りました。
織り姫星と彦星のお話は真愛のお得意でした。
自分で作った織り姫様の衣装で、髪もみずらに結って…。
歌も教えました。
初めての衣装を身につけたときの厚洋さんの大笑いは忘れられません。
「カササギに乗って会いに行くんだぞ。
お前を乗せたら飛べんだろうが…。
すみません!重量オーバーで飛べませんってな。」
「ねっ良いでしょ?」の返事である。
可愛いとか綺麗とか思ってくれていたのだろうか?
何に一回でも会えると良いのに…。
真愛の作ったお素麺はいつも美味しそうに食べてくれていました。
「呑んだ後の素麺は美味いなあ。」って。

ボランティア活動でも
 



今年はコロナ禍も収まり始めたので、
国際交流協会の国語教室でもやってみました。
「七夕様」の歌を教えて
翌週は飾りと短冊に願いを書いて
最後の週はちょっと素麺を食べて貰いました。
やや人数が少なかったのが残念でしたが、
外国籍の方々にとても喜んで貰えました。

食べ物も…。
 年中行事食?



今日、7月30日は土用の日。
厚ちゃんが「喜多」さんでウナギを食べさせてくれる日。
なのに、彼が逝ってからは飲み屋さんに行かなくなり
食事もいい加減。
この暑さで、西瓜・かき氷・カレーライスが好きになりました。

津軽三味線
 コンサート



津軽三味線のコンサートに行ってきました。
三絃と違って「撥で叩く」感じでした。
じょんがら節を聞くと「ジョンガラ・ジョンガラ・ジョンガラ」と聞こえますしよされ節では「ツルツルテン・ツルツルテン・ツルテン・ツルテン…。」と禿頭の歌に聞こえます。
「突っ込め・突っ込め・突っ込め」と聞こえる革命前夜という曲も素敵です。
自分の知らない世界を覗くのはとても楽しいことでした。
一緒に写真も撮らせて貰いました。

プールで
 水泳大会




完全自由の独居老人は、ストレスが無いのです。
ですから、元気に成長して、厚洋さんに貰った細い身体は何処へやら…。
太っちゃいました。
5年前より20sも、戻ってきてしまったのです。
頑張って泳いでも、厚洋さんに教えて貰ったクロールも平泳ぎも背泳も楽に泳ぐのでエネルギー消費は無し。
運動後のご飯が美味しくて、益々成長しています。
泳ぎながら思うのは、なんだかんだ言っても、いつも厚洋さんの近くにいた真愛なのだという事。
同じ市内の学校に勤務していたので、陸上大会・水泳大会・球技大会・合唱発表会には必ず一緒の会場にいたのです。
なんだか不思議な事です。
息子の隣に厚洋さんが…。
厚洋さんが監察で、真愛が計時、息子が選手の一枚を見つけました。
こんな写真をちゃんと厚洋さんにも見せていたのかしら?
そこのところは覚えていません。
厚洋さんの学校の人から貰ったのかも?
孫もスイミングに通っているそうです。一緒に泳ぎたいものです。

房総楽竹団
 コンサート



竹だけで作られた楽器でも演奏。
今年も素敵でした。
ちょっと聴衆が…。

サックス
 ジャズコンサート



アマチュアバンドなのですが、とっても上手なグループです。
ラテンジャズがお得意です。

秋じゃないのに…。
 



7月に入って急いで紫陽花の花仕舞いをしました。
其の翌日からです。
カラから天気のカンカン照りになりました。
露草が枯れました。
金襴が枯れました。
今年は挿し木がみんな枯れました。
西瓜が大きくなりません。
オクラも背丈が伸びません。
日陰の紫陽花も枯れそうです。
桜の葉が落ち、南天の葉も落ちてしまいました。
とても恐怖を感じています。

今月の絵
 向日葵



向日葵の絵を描こうと思って向日葵の苗を買ったのですが、
まだ、20pぐらいです。
向日葵も枯れそうです。
ケーキの箱書きは向日葵です。
この暑さではケーキ屋さんは困るでしょうね。