ゆめにゃんこ ちゃーちゃ

ようこそ ゆめにゃんこちゃーちゃのお家に
   「夢を叶えるにゃんこ」

おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのページです。

24節気「霜降」になっても夏日が続出。
ストーブを使った翌日にエアコンの冷房ボタンを押しました。
異常気象は日本だけでは無く世界中で起こっていて、砂漠に湖が出来たり、大きな川が干上がって砂漠になったり…。
政治の世界も10年前は魅力的だった政治家が何を考えているのか毎日いう事がコロコロ変わって…。
世界各地で「爆発だ!」「テロだ!」「ここは俺の国だ!」って小競り合い・いや戦争が起こっていて、浅ましい人間の姿しか見られない。
「お父んは、こんな悲しみを経験しないで逝けてヨカッタかもね。」思いました。
チャーちゃんも同じです。きっと耐えられないです。
二人ともこのHomepageを更新するときには必ず現れて
「努力することの大切さ」と
「人を笑顔にすることの喜び」
「愛しい人を思い続けることの幸せ」を教えてくれています。
《生きてる限り「ゆめを持って!》」と励ましてくれています。
人は分からない未来に向かって歩いています。
それは、過去の出来事、全てが今の自分を支え
幸せな思い出が「歩」を進める力となっているからなのです。
にゃんこを膝に乗せ、人生哲学を話してくれた厚洋さんの言葉を思い出して前向きに生きたいと思っているのですが…。
金木犀も彼岸花も10月になって咲きました。なんだか良い香りはしませんでした。
異常気象・異常社会・異常世界を嘆く真愛は何をしたら良いか分かりません。
差し当たり、Homepageの更新です。


炬燵が嫌いな厚ちゃん
 


10月の「霜降」の頃にになると炬燵を出します。
そんな風習に変わったのは、厚洋さんが亡くなってからです。
彼は炬燵が嫌いでした。
団地から引っ越して来た最初の年は小さな炬燵を置きました。
団地の部屋は小さくて、まだエアコンのつけられない時代でしたから、冬の暖房は電気ストーブと真愛の独身時代の炬燵を出して凌いでいました。
しかし、ここの家に住むようになり広いリビングに炬燵だけでは暖かくなりません。
学校で使うような大きな灯油ストーブをで〜んと置きました。
そして、半袖でも過ごせるくらいガンガン温めていました。
灯油も安かったし、お風呂も灯油で沸かしていたのでドラム缶で買っていました。
灯油が楽に手に入ったのです。
北海道の人はそうするらしいです。
それでも11月頃は日向ぼっこが1番良いらしくチャーちゃんと日当たりの良い場所でぬくぬくと嬉しそうでした。
二人の居ない今は日当たりの良い場所の障子を開けることもあまりありません。


水墨画
 作品作りって大変



6ヶ月間の「大人のたしなみ」として水墨画教室に通い
さて、最終段階の作品作りに入りました。
大好きな月を水書をして背景を薄墨で塗り
月の上だけ墨を吸い取る。
何枚書いても気に入った月が浮かび上がらせないのです。
お高い条幅用紙を何枚も使いました。
納得できたその月の絵に岩を描き入れ竹を…。
岩の描き方が間違っていたり、竹が根性曲がりでふらふらしていたり…。
また、月から描き始めるのです。
月・岩・竹・蘭!
何とか気に入ったものが仕上がって
自分でつくった漢詩を書き添え、年号を入れたら…。
なんと、2026年と入れてしまいました。溜息。


NABESADA
 格好いい91歳


NABESADAのコンサートを聴きに行きました。
厚洋さんが大好きなjazzなので、「真愛が代わりに聴いてきますね。」と出かけました。
以前、厚洋さんと聴きに来たJAZZコンサートは、「まだ君津のお客は乗れないね。」「聴いてられない。」と途中で出てしまう状態でした。
ジャズはよく分からない真愛ですが、厚洋さんの持っているレコードやCDで聴かせて貰っていたので何となく彼の思いが分かりました。
その厚洋さんが「NABESADAはいい。」と言っていたのですから聴かなくてはと思いました。
91歳になるsaxophoneの音色は、マイルス・ディビスのトランペットのように澄んでいて美しかったのです。
感動しました。
で、「Ihallin love to easely」の曲の入っているCDを買って即聴いたのですが、
やっぱり、マイルスでなければ…。
91歳で素晴らしい演奏が出来るのも格好いいことですが
好きな音は同じと無い事も分かりました。
厚洋さんが二人居ないのと同じ事です。


ブラジルの方に
 着物体験


ブラジルサンパウロからの来訪者がありました。
国際交流協会の海外交流委員の方々が君津市での数日間をサポートしました。
真愛も「着付け隊」として依頼を受け痛み止めを飲んで頑張りました。
着付け隊のメンバーも浴衣では無く「袷の着物」という事で色々とハプニングがありました。
今までも背の高い方にはお端折り無しにしたり、背の低い男の方には帯辺りにお端折りをつくったりと工夫してきました。
しかし、今回は真愛と同じ体型の方がいらっしゃって大騒ぎ。
背中心を大幅にずらし、下前を少しにして着付けました。
「大丈夫、大丈夫」と自分に…。相手に言い聞かすように頑張りました。
何とか着付けられましたが、「茶道体験」をしている間に着崩れをして「ちょっと直しましょ。」を繰り返しました。
それでも喜んで和服を着てくれる笑顔に「今度は真愛の着物を着に来て下さい。」と言ってしまいました。
海外の方に日本文化を伝えることはとても楽しい一時でした。


ブラジルの方に
 音楽の先生になる


着物体験の翌日は、旧亀山中学校で1日学校体験をすることになっていました。
委員会には音楽の堪能な先生もいらっしゃるのですが、その日は勤務日とのこと。
真愛がやることになりました。
2週間ほど前から埃だらけのピアノを開けて弾こうと思ったのですが、
11年も調律していなかったのでピアノ君が拗ねてしまい
音が出ません。
鍵盤を強打すると「イテッ!」と音がします。
そして、その後鍵盤は沈み込んだままになってしまうのです。
ストレスをためながら何とか練習をしましたが
当日はミスタッチばっかり。
「あっごめん。私が間違えたのでもう一度歌って。」
正直に謝ってお馬鹿な真愛を笑って(呆れていたのかしら)許してくれました。
着物体験の時には緊張してあまり笑わなかったパトリシアが音楽が終わると真愛のそばに来て
「私、ピアノ習っています。まだダメ。頑張る。」
と言って、Gの音をポンと弾いていきました。
真愛への応援でしょう。
先生とはちょっと下手な者が努力を見せることも有りなのですね。


ブラジルの方に
 水墨画



3度目にあったときには、みんな「先生!」と叫んでHugしに来てくれました。
ブラジルのお国柄でしょうか、とても嬉しくなりました。
水墨画は今習っている事の一つなのでピアノよりもマシです。
それでも、竹・笹・蘭の描き方を見せるときは緊張して手が震えました。
そんな本音丸出しの真愛の講習は笑いの渦になりました。
みんなが楽しそうなのでついついサービスで「月の描き方」も披露しちゃいました。
「満月?三日月?」なんて希望を聞いちゃったから大変。
初めての三日月は、描けば描くほど太くなって
「アレー。crescent…。いやいやcroissantになっちゃったぁ〜。」
馬鹿受け英仏ダジャレです。
大いにウケてくれたルーカス君。
真愛のほっぺを無ぎゅっとして
「very cute!」ですって。あら、厚ちゃんごめんなさいね。


ちょっと知ってる有名人が…。
 


真愛自身も年を取るがちょっと知ってる有名人も年を重ねて、
どんどんお亡くなりになる。
中学校の大先輩で、厚洋さんが体育主任だった時の学校でお会いした千葉真一さん(野際さんも)が亡くなり、
兄の先輩で真愛が赴任して学校に講演に来て下さった中尾彬さんが逝き、
今度は羽田空港で仲良くなった大山のぶ代さんが亡くなった。
厚洋さんのお母さんのお葬儀に行く日、どうしたことかトイレに閉じ込められレスキューを呼んで、大騒ぎで出かけた。
そのギリギリの羽田空港で隣同士に座ったのだ。
気さくな方で真愛の今朝の話を面白そうに聞いてくれて「お友達!」と握手をして下さった。
あの声で。
秋の実り「大きな新高梨」を贈った。
すると、рェ
「大山です。どうもありがとう。」と。
驚いて返事が出ないで居ると
「ぼくドラえもんです。」って。
お茶目な可愛い方でした。その後、認知症が酷くなって…。
大好きな旦那様の下に逝かれてしまいました。


ケーキの箱絵
 


今月のケーキの箱絵は、野菊でした。
今月のケーキはハロウィン仕様です。
明日はハロウィンですがだんだん縮小化されています。
騒いで問題を起こすのも良くないですが、
仮装好きが楽しめるイベントが無くなるのもちょっと寂しいです。


森が
 


ここに住み始めたのは38年前。
西の窓を開けると屋根の直ぐ近くに杉の木が迫っていました。
杉林があるお陰でずっと苔むす西部屋の屋根でした。
春は花粉症の元凶になり、夏は台風の風で折れた枝が飛んできて
困らせられていたのに切り倒されていくと
何となく淋しいのは何故なんでしょう。
で、中途半端に真愛の家から2列だけ杉の木が残っているのですが…。
出来れば杉の枝払いをして雑木もしっかり切って欲しいのですが
どうなることやら。