ゆめにゃんこ ちゃーちゃ

ようこそ ゆめにゃんこちゃーちゃのお家に
   「夢を叶えるにゃんこ」

おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのページです。

あっという間に3月も去ってしまいました。
このHomepageも12年が過ぎました。
毎月のHomepageの更新は、自分でも立派と思いますが、
一体何時の事を残したいのか?
何時のことを知らせたいのか?
ぐちゃぐちゃになった脳みそで書いています。
具合が悪い日が多く病の苦しみに鬱鬱として、更に減塩味噌の生活をしたので
惚けてきましたね。
2月までは何とか元気に過ごせたのに3月末の寒暖差で風邪を引きました。
厚洋さんもチャーちゃんも夢に出て来て
「にゃんでもにゃい!」と言ってくれたのですが、やっぱり夢の中ではダメです。
触れて抱けてこその安らぎなのです。
二人ともこのHomepageを更新するときには必ず現れて
「努力することの大切さ」と
「人を笑顔にすることの喜び」
「愛しい人を思い続けることの幸せ」を教えてくれていますが、
《生きてる限り「ゆめを持って!》」と励ましてくれていますが…。
分からない未来に向かって歩いているのは不安です。
生きるとは「生老病死」四苦八苦の四大苦ですもの
しかし、それでも生きなければなりません。
それは、過去の全ての出来事が今の自分を作りだし支え
幸せな思い出は「歩」を進めなければと思わせてくれるからです。
にゃんこを膝に乗せ、人生哲学を話してくれた厚洋さんの言葉を思い出して、人の笑顔のためになるような前向きな生き方をしなければと思っています。


あれから…。
    10年も


厚洋さんの最期の著書となった「お話文例集」が出版されて
丁度10年になるのてす。
新年度の若い先生向けに書いたお話集だから、
3月末・4月1日によく売れるように小学館の編集長が考えてくれたのです。
「もう、年だからいいよ!」とは言っていましたが
自分を頼りにしてくれる人が居ることは嬉しいものです。
出版記念は我が家で小さくしましたが良い思い出が出来たと想います。
最近になって漸く「人に頼られることの嬉しさと責任の重さ」を実感することが出来るようになりました。
厚洋さんは67歳でそれを分かっていたのですから、悟るのが速すぎたという事ですね。
その頃に植えたしだれ桜は涙のような細い花びらを付けて満開になりました。


なんたって
 二人とも小学生


小さい写真は上の孫のピアノの発表会。
お着物とはかまを着けて、まるで卒業式のような衣装で「桜変奏曲」を合奏していました。
大きな写真は小さい方の孫の卒園式。
基本英語しか使わない幼稚園に通っていたので
ママへの感謝の気持ちも英語で…。
感極まって涙が出るところだったのですが
なんと、舞台に向かうその姿。
手と足が…。
おっ。同じ方向の手足がでてるんです。
一度出そうになった涙が苦笑に変わった瞬間でした。
こっちも将来大物になる気がするのはおばあちゃんだからでしょうね。
厚洋さんにも見せたかったシーンです。
あなたの孫はこんなに大きくなりました。


懐かしい会話
 首藤久義教授



この変な三つの図
みんな心を洗わしている古代文字なのだそうです。
心臓疾患が見つかって間もない真愛への首藤先生からのMailに添付されていたフレーベル館のコラムです。
厚洋さんと同い年の先生のご活躍は、「生きていたら…。」
と重ねてしまい切なくはなりますが、嬉しくもあります。
真愛のことを「真の愛に満ちた真愛さま」と呼んでくれるのも嬉しい。
厚洋さんと三人で「国語教育」について語り合った?激論をとばしあった昔を暫し懐かしむことが出来ました。
どんないい仕事をしても「生きていること」が一番の宝物です。
懐かしい昔を語り合える脳と身体があってこそです。


1年前です。
 まだ散切り頭でした


荒れる大阪場所といわれるようにぐちゃぐちゃな面白い大相撲でした。
去年の4月の巡業で木更津に来てくれた大の里関・高安関。
大銀杏が結えるようになっても今一ぱっとしなかった大の里関が「優勝するかも…。」と思ったところを
高安関に土を付けられました。
そこからは「高安、頑張れ!」となりました。
何時も優勝に絡んでは決定戦で負けてしまう熊さんのような関取で厚洋さんも好きな力士でした。
残りの取り組みは全て高安関を応援したのに…。
なんと、千秋楽では高安関と大の里関が決定戦になりました。
「ね、厚ちゃん、どっち応援するのがいいのかな?」
聞いたって答えてくれません。
大相撲に「双方優勝」っていう事があれば良いのにと思いました。
この話はnote.com maa 大相撲で検索して下さいませ。
sigh…。
結局大の里関が勝っちゃったんです。
「横綱になって下さい。」と言ったのですから嬉しいことですが
高安関に次の場所も活躍して欲しいと思いました。
欲張りです。


厚洋さんのお酒の飲み方 


20万円もするシャンパンだそうです。
森伊蔵と言う焼酎だそうです。
お知り合いになったお金持ちの方のお家での事でした。
伺ったのはお酒の話では無く「着物の着付け」を忘れたので練習会をしましょうというのが目的。
練習をしなくてもその方は素晴らしい着付け技能を持ち立ち姿も美しく完璧。
もう一人のお仲間は真愛の持って行った着物でさっと練習して「さっさっ飲みましよう。」って後のお楽しみが中心。
お酒の飲めない真愛は、昔から飲める仲間に引っ張り回されて最後の送りまで面倒を見るのが常でした。
しかし、今回感じたのは、「身分不相応な酒宴には行かない方がいい。」という事。
高いお酒をガンガン飲んで、同じ事わ何度も繰り返して、人の悪口・自分の自慢話を大きな声でがなりまくるのです。
蒸発したアルコールにアレルギー反応を起こしたのかもしれませんが
吐き気がしてきました。
厚洋さんは何時も静かなお酒でした。
若い頃仲間達と飲んで悪さもしたようですが、
彼が飲んで話す事は何時も聞いていて楽しかったのです。
自慢話をするのでは無く、たくさんの失敗談や歴史の話・昔の話・・・
聞き苦しい人の噂なんてしませんでした。
必ず、聞き手である真愛の事を思ってくれていました。
黙って本を読みながら、テレビを観ながら「身の程にあった好きなお酒」で静かに飲んでしました。
そんな厚洋さんが最高に素晴らしく思えたひでした。
身の丈に合った静かな生き方が「粋」であるとも思った日でした。
私の選んだ旦那様は最高!


お仏壇の花 


彼が元気で、お仏壇には母のお位牌しかなかったときには、お花は命日の時ぐらいしか供え無かったのかもしれません。
彼が逝きお墓が立ち上がるまでは、彼の遺影と共に盛大な生花を飾っていました。
納骨が終わり、お仏壇のお水を代えるのと一緒に花瓶の水も代えました。
しかし、夏になり、コロナになり生花はブリザードフラワーになりました。
お正月とか庭の花が咲くと生花を供えていたのですが暫くしていませんでした。
だから、具合が悪くなることが多くなったのかもしれません。
そんな気がして、今年のお正月からちゃんと生花を生けています。
それも、厚洋さんが好きだった我が家の庭に咲く花々です。
花が咲かない季節になったら花木の花でもいいと思っています。
愛しい人に
「こんな花が咲いたのよ。」
って言うことが大切な日常だと思えるようになったのです。
お金を掛けず心を掛ける事の大切さに気づき始めているのですね。
漸く…。


で、
 春は花がいっぱい



今更何を言っているのか。
と笑われそうです。
遅かった張るが一瞬で来てしまったので
春だらけの我が家は花だらけになりました。
お仏壇の花入れは一輪挿しです。
入りきれなくなりました。
厚洋さんの部屋からは満開の春が見えます。


現状維持
 


4月の玄関のディスプレーは「桜」
真愛によく似ていると言ってくれたお人形が
小首を傾げて春の歌を聴いています。
厚洋さんが好きだった飾りです。
お人形さんは全く変化せず何時も可愛いまま、箱から取り出します。
真愛はもう厚洋さんが言ってから六年半も過ぎています。
マイナンバーcardの更新年にもなるようです。
「お前、老けたなあ。」
なんて、厚洋さんに言われたらショックで死にきれません。
で、遺影用に自撮りしました。
少なくともあと2年現状維持でいたいなあ。


100円
 


noteにチップという制度があります。
投げ銭とでも言うのでしょうか。
初めて貰っちゃいました。
笑!
嬉し!
100円最高!
何でも最初の感動を忘れちゃあかんですね。


noteblog
 


noteblogも書いてます。
連続投稿602日になるのですが…。
こんな事を書いた10日後。
公開した時間が0時01分。
連続投稿は0に戻ってしまいました。
生き直せって事でしょうかね。