
おなかに「ゆ」「め」をもったちゃーちゃんのページです。
ようこそ、ゆめにゃんこチャーちゃんのお部屋へおいで下さいました。
チャーちゃんが亡くなって4年と2月が経ちました。
毎日、お仏壇に向かって般若心経を唱え、父母や厚洋さんと共に「南無茶愛智阿吽」も一緒に唱えます。
四年間も音で発音していたので戒名の文字を忘れました。
「独りぼっちで寂しいけれど、今後どうなるか分からないのに無責任にニャンコは飼わない。」
自分に言い聞かせます。
また、この暑さの中に可愛い子ひとり置いて出かけられませんよね。
本当に激酷暑の夏です。
その暑い中で「夏風邪」「プール熱」に罹って大変でした。
想いでの中で厚洋さんと一緒に真愛を守ってくれています。
このpageを書く度に「ゆめ」にゃんこを思い出し「頑張らなくては…。」
「今日生きられたことを喜び、紀要何かをしなくては…。」
と思えるように生きています。
今朝の夢は、もう少しで厚洋さんに抱きつけたの目が覚めてしまいました。
会いたくて切なくて大声でひとり慟哭。
喉が痛くなりました。慟哭するには年をとりすぎましたかね。
二人ともこのHomepageを更新するときには必ず現れて
「努力することの大切さ」と
「人を笑顔にすることの喜び」
「愛しい人を思い続けることの幸せ」を教えてくれています。
《生きてる限り「ゆめを持って!》」と励ましてくれています。
それを素直に喜べる真愛がいます。躁状態です。
分からない未来に向かって歩いているのは不安です。
生きるとは「生老病死」四苦八苦の四大苦ですもの
しかし、それでも生きなければなりません。
それは、過去の全ての出来事が今の自分を作りだし支え
幸せな思い出は「歩」を進めなければと思わせてくれるからです。
にゃんこを膝に乗せ、人生哲学を話してくれた厚洋さんの言葉を思い出して、まず、自分が笑顔なるために前向きな生き方をしなければと思っています。

二人には申し訳ないのですが、
この災害のような暑さを経験しないで生涯を終えたのは「幸せ」だったかもしれないと思ってしまうほど
暑い夏。そして、秋になりました。
38年前の北海道の実家です。
お義父さんが孫のために池を作ってくれたので三人で水入れをしているところです。
その頃の北海道には冷房設備はありませんでした。
夜は窓を閉めなければ風を引くほど涼しかったのです。
10年前の我が家の2階もベッドの下は涼しくてチャーちゃんのお昼寝の場所でした。
今は、45度にもなり2階にいたら熱中症で死にます。
厚洋さんが
「ニャンコは毛皮を着てるんだから暑いよなあ」
って言ってたことを思い出します。
「厚洋さん。お墓の中はもっと暑いでしょ?ちゃんと真愛の傍にいなさいよ。」
そうそう、チャーちゃんのお墓はしだれ桜の下なので涼しいですよ。
生きてるってクソ暑いことなのですね。



本当に激酷暑の夏です。
その暑い中で「夏風邪」「プール熱」に罹って大変でした。
と前の月に書きましたが
それがずーと続いているのです。
コロナウィルス感染でも無く。
インフルエンザでも無く。
アデノイドウィルス・プール熱でも無く。
しかし、高熱は出るわ、喉が焼け付くように痛いわ、鼻水も出るし、咳も止まらない。
酷い状態は2週間に及び
眼はウサギのお目めみたいに真っ赤になりました。
それが少し良くなったら今度は高血圧。
181の95まで上がって、立ちくらみを起こし、吐き気もしてまた、病院へ
冷房の中でぐったりしていた毎日でした。

「もう、これで終わりよね。」と思っていたら
4年ぶりにムカデに刺されました。
すでに2回も刺されているので
「次に刺されたらアナキラフィシーショックを起こすので死ぬかもしれない!」
刺されて16分後、病院の診察室にいました。
まだ、アレルギー反応が出る前でしたが、
点滴をしてくれました。
薬も貰って飲んでいます。
2pぐらいの小さい奴でしたが
刺されたときの「ズドーン」と言う感じは「死」を感じて怖かったです。
ムカデ進入防止対策を怠っていたのです。
何でも直ぐに「のど元過ぎたら熱さを忘れる」真愛なので
気をつけなければなりません。
何事にもです。

真愛のお誕生日は8月13日。
厚洋さんは
「亡くなった人達がお前と一緒にこの世に帰ってくる日じゃないか。
亡くなった人達に守られながらこの世にやって来たんだ。
きっとその人達がお前を守ってくれている。
いい日に生まれたな!」
と言ってくれました。
紅い薔薇の花束は無いけれど厚洋さんの「来たぞ!」って声が聞こえる日でもあります。
教え子の山内君から「北海道のアイス」が届きました。
お友達から、可愛い紅茶セットを頂きました。
孫や嫁さんからcardとピアスが届きました。
息子は「お父んと…。」と、厚洋さんが大好きな特上の素麺が届きました。
先輩からも藍染めのcupとナフキンも…
なんだか沢山の人に「生きてて良いよ。」と言われた気がしました。
生きている人にも、亡くなった人達にも守られている真愛です。



お盆も来ました。
ちゃんとお迎えすることができました。
真っ白い花籠
盆灯籠
胡瓜に茄子に…。
速く帰ってきて欲しいので暑い最中にお墓参りに行きました。
今年は、38年ぶりにブラインドを外してしっかりと大掃除をしました。
お玄関には厚洋さんが買ってくれた夏のディスプレー。
この家をこのお墓を守り通すのも残された妻の仕事と思えるようになりました。
お盆は「生きることについて」考える時でもありました。



8月15日は成願寺のお施餓鬼の日
真愛の教え子さんに音乳母を書いて頂きました。
真愛の時も引導を渡して貰うのはこのお坊様です。
般若心経のお話をして下さいます。
「空」「無」
有るが無い。
在るが無い。
悟れなくてもあちらに行けるのかしら?
修行中の仏様は「菩薩様」と呼ばれるそうですが
修行をしていないから行けない?
彼方に行けた厚洋さんも母も、考えてみれば山ほど尊敬できる人だった気がします。
9月1日は母の23回忌。
そして、お彼岸も来る。
良い人間にならなければね。



連続二十日間の日照りで、紫陽花が枯れ始めています。
オクラもトマトも胡瓜もピーマンもしっかり収穫できるのは
夕方6時からの水掛です。
毎日、熱があってもやりました。
「鉢植えの植物は自分で動けないんだぞ。」
「自分が食事するならそれを減らしてもちゃんと水やれよ。」
厚ちゃんの言うことを聞いて頑張ったら
野菜も沢山採れたし、
なんとなんとキンカンの木に花が咲きました。
可愛い実がつくと良いなあ。

朝顔は咲くのでは無い。
開くのです。
黎明の空気の中にほどけるように
心を開く
今年はこの絵が描きた意です。