
S小学校はとても良い学校でした。
お母んの担当した学年の子は、知りたがり(学習関心意欲満点)な子どもが多く良く話を聞いてくれました。最近の子どもと違ってよく喧嘩もする子どもらしい子どもといえました。お母んも退職して7か月後だったので、視点も接し方もゆとりをもってできました。
先生方もよく働く熱心な先生方でした。特に校長先生は大変素晴らしく「Mr.総合的な学習」のような方でしたのでたくさん協力していただきました。
4年生ですから、千葉県の学習をし、伊能忠敬記念館に行きました。学習態度が素晴らしく学芸員さんに褒められる子がいっぱい。そんな子どもたちとS小学校区の素敵発見地図を作成しました。もっと早い時期に彼らと出会っていたら(地域素材で創作劇も作れたのにTBS子ども音楽コンクールにも出場させられたのに…。)と残念でなりません。
しかし、今頃は、新しい先生としっかり学習に運動に頑張っていると思います。「なにせ、天才的な○○っていう子が何人もいましたから…。努力を惜しまないと良いのだけれどね。」

年代を超えた教え子たちが1枚大きなの紙の上で私への応援メッセージを書いてくれたのです。
同窓会を開いてもらう先生は沢山いると思いますが、二十歳以上の教え子同士で連絡を取り合い、打ち合わせを持ち、練習までしてくれて…。お母んの現役中の学級便り「すずかけ」を読んで育った子どもたちが大筆で書いてくれたのです。
「笑い」「怒り」「骨折」「恐怖」「愛情」なんて言う言葉が飛び交う中で、お母ん顔くしゃくしゃにしながら笑いながら号泣しちゃったのは言うまでも無いこと。「本当に私は、世界中で一番幸せな先生です。」
」生きているうちに年代を超えた教え子たちに囲まれて写真をとりました。(普通はお葬式の時に、「あっ。君も先生の教え子だったの?」なんて話し合うのですよね。)どの子もみんな立派になっていて、みんなまとめたらすごい会社ができそうでした。
ちゃーちゃんもいろいろ経験した冬でした。
沢山の雪が降ったのです。お母んは何とか雪用タイヤで出かけたのですが、おうちは寒くて寒くて。お父んは、「ちゃーちゃんに雪を見せてあげよう。」なんて言って外に連れ出すものだから大変。ちゃーちゃん受難の日々でした。
しかし、寒い寒い日の多くは、お父んと一緒にストーブの前で爆睡。そして、喉が渇くと、新技の「水滴キャッチ」をしながら、びしょびしょになって水を飲んでいたそうな。

